eichi_katayama blog

確かかなと思った言葉を気ままに。あと、ヤフコメアーカイブ

小説

小説 シベリアン3「結構気安い人なのかしら」

二 手紙 三が日が過ぎ、麻美たち家族と一平は、それぞれの自宅へ帰っていった。春香と洸助はどうしてもまだお祖父ちゃんとお祖母ちゃんちにいたいとごねるので、陽子は二人と共に数日残ることに。 春香が遅めの朝食を食べ、外へ出た。 庭に残った雪をいじり…

〈小説〉シベリアン 2 『頭の使い方で注意することがあるとすれば、まずは、何のために生きるかではなく、何をするためなら生きられるかと考えてみることだ』

「兄さん、この二人どうしたの?」「どうも最近な。俺も困っているんだが、そういう時期なんだろう。お前は少し年が離れているから分からないかもしれないが、俺と有次の奴も小さい頃は、寄ると触ると喧嘩ばかりしていたもんだ。それを姉さんがよく面倒臭そ…

気紛れ更新‼〈小説〉シベリアン 1 『せめてこれからの男の子には、勇気を持つことに臆さない強い心を持ってもらいたいものですわ』

シベリアン 一 帰国 効きの悪い暖房に頼るしかない一室で、藤原時高は酔っていた。酔った方が、縦横無尽に思考が巡る気がしてしばらくそうしているのだが、肝心の答えは、考える前から決まっていたとの思いを改めて確認しただけで時間が過ぎる。 天気予報に…

いい加減、新型(もはや旧型)コロナは単なる風邪とわきまえてもらいてぇ。しかし、死ぬまで続く馬鹿の説得は、風邪の終息以上に無理。仕方ないので古典にふける

『熊』 人物ポポー (エレーナ・イ ーノヴナ) 両頬にエクボのある若い未亡人、女地主スミルノーフ(グリゴーリイ・ステパーノヴィチ) 中年の地主ルカー ポポー の従僕、老人 舞台は、ポポー の地主屋敷の客間。 一 ポポー (大喪の服をきて、一葉の肖像写…

互いに愛し合っていた。彼らには運命が手ずから二人をお互いのために予定していたもののように思えて、それを何だって彼に定まった妻があり、彼女に定まった良人があるのやら、いっこうに腑に落ちない

犬を連れた奥さん 一 海岸通りに新しい顔が現われたという噂であった――犬を連れた奥さんが。ドミートリイ・ドミートリチ・グーロフは、ヤールタに来てからもう二週間になり、この土地にも慣れたので、やはりそろそろ新しい顔に興味を持ちだした。ヴェルネ喫…

~久々更新記念、長文放出~小説『その女の衝動』

『その女の衝動』 言論。それは、ただこの世の正しさを論証したり、間違いを公明正大に糾弾するだけでなく、その場で聞いてくれる人たちの気分を、憂鬱を、ありとあらゆる陰鬱な心持ちを少しでも解消してくれるものでなければ到底言論を操ったとはいえなかっ…

【小説】ディナーのあと・最終話 幸せにするまで死ねない

そろそろ決着をつけよう。 上原、斎藤、フランチェスコの三人が初めて同じ覚悟を共有した。フランチェスコの場合は覚悟というより大人の遊興といったところか。 「真実はやらないよ」 穏やかに強調した。彼には自信がある、真実を留めておく自信が。すべてを…

【小説】ディナーのあと㉕ もはや女房以外の女なら誰でも美人に見える

フランチェスコにリストランテを存続させる気などないことを上原は知らない。フランチェスコに勝負事で先に負けてもいいというサービス精神などないが、生き残る執念も薄く、どんな相手も見下せる強みとなっている。これが、フランチェスコという存在につい…

【小説】ディナーのあと㉔ マナー(manner)の良さも度が過ぎればマンネリズム(mannerism)に陥る

玲子は上原に駆け寄った。「どうしたんです、彼女、大声なんか出して」 「唯と話してたようだけど、俺の名前も出ていたような」 真実は深々と下げた頭を一向に上げない。安西が腕を引っ張っても動かない。 「真実ちゃん、あのね……」 「伝えたいことがあるの…

【小説】ディナーのあと㉓ 相思相愛になれた恩があることになりますよね!

事情を知るはずもない唯は、慣れないレストランの中、朱美とフランチェスコの前でやや緊張気味。そうだ、優ちゃんから教わったテーブルマナー、マナー……何だっけ? 「坂下さん、上原君とはもう長いんですか」 「ええっと、はい、昔からの知り合いで」 「けど…

【小説】ディナーのあと㉒ 仲違いで終わったら勿体ない才能が二つ

フロアを回る今宵の玲子の愛嬌は普段の倍。 元々人気があるので、男性客のファンを増やすのは必然かと想像させる夜だ。今後の人生で、女性受けする慎ましさも身に付ければ言うことはない。そうした魅力と未熟さをフランチェスコはよく承知している。 朱美を…

【小説】ディナーのあと㉑ まったく、本当に君が好きだ!

「優ちゃんは入らないの? ちょっと冷たいけど慣れれば気持ちいいよ」 勇人の手を使って唯が手招きする。 彼女にも、この時間が決断の時という予感があった。強くありたい、人として母として女として……。 上原にただ頼るだけの存在ではいたくなかった。彼に…

【小説】ディナーのあと⑳ 「女が男に勇気を感じるなんて、そうそうあることじゃない」「野心と野心がぶつかれば、戦うか離れるかしかない」「相変わらず怖いが、今はそうでない自分もいる」

「オーナーとけりはついたんですか」 タイミングを見計らい、玲子が澄まし顔で尋ねる。 「どうかな。それより唐さん、余計なことしてくれたようだね」 「背中を押してあげようとしたんです」 「自分の背中を押すついで?」 「斎藤さんが上原さんを道連れにし…

【小説】ディナーのあと⑲ 僕は決していい人間じゃないが、君たちにとってそんなに悪い人間だったかな

リストランテ・ヴェッキオのオーナー、フランチェスコ大滝には夢がある。すべてのものを愛し、裏切り、捨ててやるのだ。 本人は極めて明るい。この世の暗闇に埋もれないため、さらに濃い暗闇を持つ、ただの敗者はごめんだ。 他に方法があったとしても、彼は…

【小説】ディナーのあと⑱ 属した場所より、属した精神に殉ずる

支配人の多々良が顔を出した。 「お二人さん、昨日の休みはゆっくりできたかい。僕は、ふあーあ、サッカーの見過ぎで寝不足だよ。今日はお客さんもそれほどだから、養った英気を一気に消費することもないだろう」 「一日休んだくらいで回復するような、なま…

【小説】ディナーのあと⑰ 「私に興味を抱く男が他にもいることを楽しみたいの」「理由はどうあれ、味が変わる店は最低だ」

「唯ちゃんも言いたいことがあったら言ってよね。聞いてあげるんだから」 「無理だよ、朱美さんみたいに面白くなんか話せないもん」 「馬鹿ね、私みたいである必要なんかないじゃない。あなたにはあなたの、それこそ、私にはない可愛らしさがあるでしょ。そ…

【小説】ディナーのあと⑯ お前は俺の野心に当てられて、ちょっとのぼせてしまっただけだ

自分にとって都合のいい、陰湿な想像だと非難されるべきだろうか。 一般的にはそうかもしれない。だが今回のケースは違う。 上原はそれに確信が持てないでいる。 確信を持てたとして、状況に飛び込む勇気があるのか。いや、状況に飛び込んだとして、その先を…

【小説】ディナーのあと⑮ こんな女の愛が本当に欲しい?

「ほら、手を貸すよ」 「いいって」 「いいから」 「ありがとう……」 唯は上原の右手にゆっくり左手を乗せた。そうして上原の力で加速し、病院のベッドから立ち上がる。 疲れている。相手の顔から、お互いそう感じた。 唯からすれば、自分が倒れて病院に運ば…

【小説】ディナーのあと⑭ その腕と哲学には敬意を表するが、それだけで出し抜けると思ったか

「話って何ですかね」 「あれだろ。前に言ってた、この店の今後の話じゃない。ねえ、唐さん」 「……そうね」 フロアでは、オーナーのフランチェスコ大滝が数名のスタッフらと談笑していた。数メートル距離を置いたところで斎藤が一人で佇んでいる。今の玲子は…

【小説】ディナーのあと⑬ ひいひい言ってる、ぜえぜえ言い出す

斎藤の一喝に驚かないスタッフはいない。 当然だがお客たちまでびっくりさせてしまい、斎藤はパスタをテーブルに届ける過程で、態度を徐々に控え目に切り替える。 接客を済ますと、 「安西、お前は俺に何て言われたんだっけか? どういう状況だ、こいつは」 …

【小説】ディナーのあと⑫ お説教ではなく、いわば、振る舞いのすゝめ

自分の存在を肯定したい、肯定してもらいたいという感覚は誰にでもある。同時に、他人を前にして自らを否定してみせる、そうした気分を持って状況に臨むのも人間交際の作法といえる。大抵の場合、この作法を身に付けていれば、とりあえず自意識の野蛮さの暴…

【小説】ディナーのあと⑪ このリストランテ・ヴェッキオ、もう万事滞りなく

玲子は、アルコールで紅潮した老紳士の頬よりずっと恥ずかしい気分になり、笑顔を繕ってテーブルを離れた。 ……まったく、あの人が私に飽きる、興味を失くしたとしたら理解できる気がするじゃない。私もガキね、馬鹿だわ、嫌になっちゃう。 玲子はいったん店…

【小説】ディナーのあと⑩ 死者にすら嫉妬する醜い女

「最高の褒め言葉をいただいたと、シェフには伝えておきます」 「私なんぞの言葉が励みになりますかな」 「ええ、必ず」 「そうですか、それでしたら。……あちらこちらにいい加減なものが溢れている世の中で、このリストランテは本物だ。初めて妻を連れてきた…

【小説】ディナーのあと⑨ 本能に沿った無邪気さがまだ老体に残っている

厨房はまさに戦場だ。 「安西、チポッラロッサ(赤玉葱)」 「はい」 「同時にこっちの塩抜き」 「了解です」 「流れるように、流れるように。間、出汁は煮詰まったか?」 「もうちょっとです」 「よし。さあみんな、どれだけ忙しくても格式だけは忘れるな。…

【小説】ディナーのあと⑧ カンノーロを食した後、アマーロをストレートで飲み干す

「どうしてこんなところに、朱美さん」 「旦那と喧嘩してね、家出中」 「また? でもどうしてここに?」 「あなたがいるっていうから、ついでよ。あなたの笑顔、定期的に眺めておかないと寂しくって。まさか道端で会えるとは想像してなかったわ」 「こっちも…

【小説】ディナーのあと⑦ 思春期は先の知れない将来、今は見通せてしまう将来への恐れで心が葛藤する

「駄目、泣いちゃヤダよ」 「安西、それはないよ」 上原と唯はそれぞれのやり方で真実を慰め、安西を非難した。 「すいません、もう大丈夫です……。私、副支配人の恋の昔話が聞きたいんですけど」 「ええ? 急な転換だな。その流れまだ続いてたの?」 「もち…

【小説】ディナーのあと⑥ 今は小難しい哲学や国際情勢なんかより、恋の話でもしたい気分

商店街の一角にある喫茶店に移動し待っていると、上原がやってきた。 安西と真実はぺこりと頭を下げ、唯はにっこり笑う。 「こんにちは。勇人、まだ飽きてないか? 一体どうやったらこんな組み合わせになるんだい。三人は知り合いじゃないだろ」 「偶然なの…

【小説】ディナーのあと⑤ 先輩は大雑把なくせに気が弱い

唯は輸入物の食料品店に入ってみることにした。 「知らないパッケージがいっぱい。これは何、スパイス? 勇人、勝手に触ったら駄目だよ」 住み慣れた街での異国の雰囲気に、感性がちょっと陽気になる。 その唯と同じ変化が起きているとみられる二人組が店内…

【小説】ディナーのあと④ 両親が離婚し、それなのに平然と物事が進む世の中で

この日の営業が終わり、一息ついていたスタッフ全員が集められた。 「みんな、いつもいつもご苦労様、このリストランテの誇りたちよ!」 店のオーナー、フランチェスコ大滝が大きな身振り手振りを交え話しだす。光沢のあるスーツに、片手にはワイン、お決ま…

【小説】ディナーのあと③ 本心が読み取れない表情で耳の穴をほじる

着替えが終わった上原と斎藤は、それぞれの役割に就こうとする。 「じゃあ、一日よろしくな」 「ああ」 「あの返事は明日が期限だ、忘れてないな?」 「ああ……」 「そうか。若干暑くなりそうだ、水は冷ためでもいいかもな」 この二人が好きな映画に、ディナ…