lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

【小説】ディナーのあと⑲ 僕は決していい人間じゃないが、君たちにとってそんなに悪い人間だったかな

リストランテ・ヴェッキオのオーナー、フランチェスコ大滝には夢がある。すべてのものを愛し、裏切り、捨ててやるのだ。 本人は極めて明るい。この世の暗闇に埋もれないため、さらに濃い暗闇を持つ、ただの敗者はごめんだ。 他に方法があったとしても、彼は…

【小説】ディナーのあと⑱ 属した場所より、属した精神に殉ずる

支配人の多々良が顔を出した。 「お二人さん、昨日の休みはゆっくりできたかい。僕は、ふあーあ、サッカーの見過ぎで寝不足だよ。今日はお客さんもそれほどだから、養った英気を一気に消費することもないだろう」 「一日休んだくらいで回復するような、なま…

【小説】ディナーのあと⑰ 「私に興味を抱く男が他にもいることを楽しみたいの」「理由はどうあれ、味が変わる店は最低だ」

「唯ちゃんも言いたいことがあったら言ってよね。聞いてあげるんだから」 「無理だよ、朱美さんみたいに面白くなんか話せないもん」 「馬鹿ね、私みたいである必要なんかないじゃない。あなたにはあなたの、それこそ、私にはない可愛らしさがあるでしょ。そ…

【小説】ディナーのあと⑯ お前は俺の野心に当てられて、ちょっとのぼせてしまっただけだ

自分にとって都合のいい、陰湿な想像だと非難されるべきだろうか。 一般的にはそうかもしれない。だが今回のケースは違う。 上原はそれに確信が持てないでいる。 確信を持てたとして、状況に飛び込む勇気があるのか。いや、状況に飛び込んだとして、その先を…

【小説】ディナーのあと⑮ こんな女の愛が本当に欲しい?

「ほら、手を貸すよ」 「いいって」 「いいから」 「ありがとう……」 唯は上原の右手にゆっくり左手を乗せた。そうして上原の力で加速し、病院のベッドから立ち上がる。 疲れている。相手の顔から、お互いそう感じた。 唯からすれば、自分が倒れて病院に運ば…

【小説】ディナーのあと⑭ その腕と哲学には敬意を表するが、それだけで出し抜けると思ったか

「話って何ですかね」 「あれだろ。前に言ってた、この店の今後の話じゃない。ねえ、唐さん」 「……そうね」 フロアでは、オーナーのフランチェスコ大滝が数名のスタッフらと談笑していた。数メートル距離を置いたところで斎藤が一人で佇んでいる。今の玲子は…

【小説】ディナーのあと⑬ ひいひい言ってる、ぜえぜえ言い出す

斎藤の一喝に驚かないスタッフはいない。 当然だがお客たちまでびっくりさせてしまい、斎藤はパスタをテーブルに届ける過程で、態度を徐々に控え目に切り替える。 接客を済ますと、 「安西、お前は俺に何て言われたんだっけか? どういう状況だ、こいつは」 …

【小説】ディナーのあと⑫ お説教ではなく、いわば、振る舞いのすゝめ

自分の存在を肯定したい、肯定してもらいたいという感覚は誰にでもある。同時に、他人を前にして自らを否定してみせる、そうした気分を持って状況に臨むのも人間交際の作法といえる。大抵の場合、この作法を身に付けていれば、とりあえず自意識の野蛮さの暴…

【小説】ディナーのあと⑪ このリストランテ・ヴェッキオ、もう万事滞りなく

玲子は、アルコールで紅潮した老紳士の頬よりずっと恥ずかしい気分になり、笑顔を繕ってテーブルを離れた。 ……まったく、あの人が私に飽きる、興味を失くしたとしたら理解できる気がするじゃない。私もガキね、馬鹿だわ、嫌になっちゃう。 玲子はいったん店…

【小説】ディナーのあと⑩ 死者にすら嫉妬する醜い女

「最高の褒め言葉をいただいたと、シェフには伝えておきます」 「私なんぞの言葉が励みになりますかな」 「ええ、必ず」 「そうですか、それでしたら。……あちらこちらにいい加減なものが溢れている世の中で、このリストランテは本物だ。初めて妻を連れてきた…

【小説】ディナーのあと⑨ 本能に沿った無邪気さがまだ老体に残っている

厨房はまさに戦場だ。 「安西、チポッラロッサ(赤玉葱)」 「はい」 「同時にこっちの塩抜き」 「了解です」 「流れるように、流れるように。間、出汁は煮詰まったか?」 「もうちょっとです」 「よし。さあみんな、どれだけ忙しくても格式だけは忘れるな。…