自分の存在を肯定したい、肯定してもらいたいという感覚は誰にでもある。同時に、他人を前にして自らを否定してみせる、そうした気分を持って状況に臨むのも人間交際の作法といえる。大抵の場合、この作法を身に付けていれば、とりあえず自意識の野蛮さの暴走は免れる。
この客もアルコールさえ回っていなければ、この先トラブルを大きくすることもなかったはずだ。
ただ厄介なのは、個性的であること、自立した人間であることが求められる世の中で、もう「その気」になっている、もしくは、ほどよく「諦めている」人種との交際だろう。彼らには、こちらの「よりよく生きたい」という熱量が不当な圧力として捉えられかねない。なぜなら彼らには、不満でも現状を受け入れて上手く立ち回る器量の方が、不満な現状に穴を穿とうとしてどうせ徒労に終わる熱量よりも美徳だと認識されており、「どうしてこの人は気を長く持てないのだろう」と軽蔑される、そう考えられるためだ。
以上は試験的傍論である。
さて、この客の場合、アルコールさえ回っていなければ、ぎりぎり自制を保てたはずだったが、残念ながら今はそうではない。
ちなみに、前を歩く多々良の後頭部は若干禿げかかっている。この頭をひっぱたいてやりたい。脈絡のない欲求が湧き上がってきた。ほんの軽くだ、軽ーく、それでこの場はお開きにしてやろう。お客という立場を過信し過ぎた未来予想だった。
この思惑は、かなりの暴投だったとすぐに分かる。
軽く叩いたのは確かだ。しかし偶然にも、まるで古武術のように相手の力と作用したのだろうか、多々良は結構な勢いで前につんのめった。さらに膝を崩し、テーブルの角に額をぶつけてしまう。
高級なリストランテには不釣り合いな衝撃音に、店内が緊張する。
玲子がとっさに駆け寄った。この時、玲子は問題の客をきっと睨みつけるのを忘れていない。客は動揺した。多々良への罪の意識からというより、やっちまったとの焦り、大事には至らないよなとの不安からの動揺である。
そんな場面の最中、
「あのう、早く料理を取りに来いって斎藤料理長が……あれ、雰囲気が良くないな、ねえ、どうしたのさ」
安西がスタッフの一人に状況を教えてもらう。
「接客は大変だ。己を探求するのとは別の辛さがあるよね。お察しはするけど、料理は早く運んで頂戴よ」
呑気と本気を合わせた台詞を吐き、仕事場へ戻ろうとする。すると視線の先で、今夜の調理場にとっては主役ともいえるあの老紳士が腰を上げ、騒動の元へと歩き出した。安西は脚を止め、老紳士の動きを追った。
多々良は膝をついたまま、額を押さえている。あの玲子が肩に手を乗せ心配してくれている。その手の感触が心地良くて気分も良く、もうちょっとこうしていれば苛立ちを忘れられそうだ、と多々良は思った。傷の程度は大したことなかった。問題の客は、
「ふ、ふん! とっとと会計しろい」
と引くに引けずに悪態を続けた。
「もう二度と来ねえからな、こんな店。お前らも、二度と来るんじゃねえぞ。高いくせに、味が記憶に残らない食い物ばかりだったぜ」
これには安西がむっとする。
……何だよ、気に入らなかったのは接客のはずだろう。とばっちりで料理を貶すな、後悔するぞ。あっ、あの人……。
「べちゅの店で飲み直す……糞っ、また噛んだぞ。料理が口に合わないから舌もおかしくなっちまったい。会計はまだか? 姉ちゃん、お前に言ってんだ。うん? 何だよじいさん、俺に何か……」
目の前には、あの老紳士。
「こんな世の中だから、不満が多いのは当然」
玲子と多々良の視線もその姿に集中した。
「それでも頑張って、身に着けている服は立派だ。なのに今のあなたは、どこのお偉いさんかは存じないが、結構な破廉恥者に肝心の身を堕としてしまっている。残念じゃありませんか。それとも、この程度の堕落であればいつでも這い上がれるとお考えか?」
「突然何だ。じい様、酔っ払って絡むなら別の奴……」
「お説教ではないのですよ。私が言いたいのは、いわば、振る舞いのすゝめ、です。そんな顔しないで、もうじき死ぬ人間の言葉を聞いてやって下さい。怒りや苛立ちに身を任せたい、またはそうした方が適切な状況も時にはあるでしょう。問題はその行為が過剰になってしまった場合の始末です。今のあなたです。
人の頭を先に、それも後ろから不意打ちして、大事ではなさそうですが怪我を負わせてしまったのだから。相手によっては即座にやり返されたり、のちに訴えられたり、別の誰かに復讐されたりしても致し方ない事態で、取るべき振る舞いはどう考えたらよいでしょうか。大袈裟かもしれませんが、こうした巷の問いに頭を巡らすのは、国家の経綸や人生の処し方を考えることにも通ずるところがある。
居直るというやり方、無作為が一般的でしょうか。無作為もね、捨てたもんじゃないんですよ。
時間を待つという忍耐は決して習得が易しくない人生の高等テクニックだ。使い方を間違えて乱用すると卑怯者の十八番になりかねませんけどもね。
まあ、でもどうでしょう、今の場合、居直るという選択は、結局は相手次第の運任せといった具合の現場拒否でしかない。じゃあ、素直に謝ってみる、これは短絡だ。多くの人が、謝ればいいのでは、と思うでしょう。だが、ぱっとそいつができる度量があったら、はなからトラブルなど起こさんもんです、ねえ。
私が勧めたいのは、まずは自分の心に素直になって居直る、その後でやっぱり反省して引き返し、謝る。これです。激しく動く感情のバランスを保つには、行動の振幅も合わせて大きくしてみるのがこつだと思います。自分の感情や望みに行動が伴っているかどうか、これは人生の善し悪し、満足不満足を思量する際の指標でもあるでしょう。そのちょっとちゃちな応用ですよ。
相手にしても、不作法に去られた後、真面目に謝罪されるという両極端の行動に対し感情を働かせるわけで、気分が沈静化する可能性がある。当然、まったくの見込み違いに終わることだって十分あり得ますけどね。とにかく、あなたが最初から素直に謝れない以上、いったんは不機嫌さに任せた行動をとるしか選択肢はないわけだから、その後、どうにかそいつを修正してやるしかないのです。
国内の政治や国際関係でもそう、決めつけて居直って、それでやっぱり間違っていたらまずは反省しなさい。
通り過ぎるな、眼をそらすな、話を変えるな、不誠実ですよ。あなたはこの国同様、不義をしでかしましが、誠実さは完全に失っちゃいないでしょう。だったら、やれることは分かるでしょう。国家に手本を示しなさいな」
流暢な長台詞に、他の全員の動きが止まっていた。
叱責された客は喉に力が入り、言い返す準備はするが、返す言葉が「うるせえ」「馬鹿」「知らねえ」くらいしか浮かんでこない。それなりの企業に勤めるそれなりの役職にある身として、屈辱的な事態である。
……野に放たれた俺の力はこうも脆弱なのか、居直るしかない、と本当に思ってしまう。
そうしてどうにか、態度を決めようとした瞬間だった。
「お前らっ、いい加減にしろよっ!」
結構な、どすの効いた声だった。
「いつまでお客を待たせるんだ、料理が冷めちまうだろ、この冷製パスタを除いてはなっ!」