lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(9)~手合わせ その4

「いた」

スミレの瞳が、廊下を歩くサエの姿を捉えた。今日のスミレは、どうも朝から胸糞が悪い。昨日の夕飯のせいか、それとも、父の様子が普段と違ったのが気になるからか、あるいは朝食、いや、やっぱりあのソ連のせいであろうか。

考えてみても理由は定かでないが、……いつも以上にいじめてやる……。

邪まな気を高めたスミレは仲間を引き連れ、するするサエに迫った。けれど、ここで、

「古谷さん」

スミレの脚がぴたっと止まった。まさか自分が背後から呼ばれるとは思っていなかった彼女は、

「古谷さん。聞こえないの?」

こうまで言われなければ、振り返るのを拒んでいたはずだ。声を掛けたのは、みよ子である。

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「あなたたち、いつもお揃いで、仲がいいのね」

三人官女のようと、よく馬鹿にされます」

「そう」

みよ子は腕を組み、威圧的な態度をスミレに示した。

「けど、それって褒め言葉じゃない?」

「相手の使い方や、こちらの受け取り方にもよるのではないですか?」

「そうね。それで、牧田さんには、どんな言葉を掛けるつもりだったの?」

「何の話でしょう?」

「彼女のあと、付けていたでしょう」

「まさか。付けてなどいません。それどころか、今先生に言われるまで彼女に気付くこともなく歩いていました、私たち。たまたま、歩く方向が一緒だっただけだと思います」

このスミレのふてぶてしさは、両親どちら譲りであろうか。彼女はみよ子から、

「牧田さんをいじめるのはやめなさい」

と言われても、

「いじめだなんて、怖いです」

なんて受け流し、

「あなたでしょ、いじめているのは」

と追及されれば、

「まさか。疑われるなんて。次からは気を付けます」

とやり過ごし、

「彼女を笑い者にしたわね」

こう決め付けられれば、

「もし彼女がそう感じたのであれ、謝ります」

と、しおらしくするのだ。

「そうですわ。学校にお巡りさんが来ていると聞きました。その方に、いじめの犯人探しをお願いしてみてはどうでしょう」

一連のやりとりで、みよ子は確信を持った。

 

校長は調査を約束していたけど……。

この直感は、彼女の覚悟を揺るぎないものとするに十分であった。

「分かったわ。警察にお願いしてみましょう」

「え?」

まさか本当にするはずがない、そう高をくくっていたスミレたちは驚きを隠さない。

「さっき、職員室で前沢先生たちと話していらっしゃったから、行ってみましょう。ほら、付いてきなさい」

自分から言い出した手前仕方ない。スミレとその子分たちは、みよ子の背中に渋々付いてった。

一方……。

校門前でサエを待つ篤志は、軍服の青年と少しずつ打ち解け、互いの名前を知るようになった。

青年の名は、安藤尊史。

「今夜、出兵するのです」

尊史は朗らかに言った。ただ、

「死ぬ前にもう一度、会っておきたい人なのです」

と、続けてくるのが篤志には疑問で、

「死ぬ気なのですか?」

と返したら、

「戦争です。下手をすれば死にます」

「そうですかね」

「あなたは、無事生きて帰ってこられたようですが……」

尊史は申し訳なさそうにした。

「その……」

「ああ、これ? 違いますよ」

篤志は左腕に視線を落とし、

「まったく別の理由でして。俺は戦争には行ってません。勘違いさせてごめんなさい」

苦笑いしてみせるのだった。

それにしても、この尊史という軍人。上等兵のそれらしく、聡明で島の人たちとはまた変わった教養の薫りをにおわせ、聞いてみれば、年もさほど変わらなかったこともあり、篤志は彼といて、いつしか時間が経つのを忘れていた。

「あなたの命が失われたら、この国には損失です」

出兵前に士気を下げるような発言は不謹慎と知りつつ、篤志は言わずにおけなかった。

「たとえ戦勝国となっても、残った人間が馬鹿ばかりになってしまう」

「そんなことはありません」

凛々しく尊史は答えた。

「散った意志はやがて忘れられても、いつか誰かが思い出し、彼の志操となるでしょう」

「随分と気が長いのですね。俺には言えないなあ」

「自分の考えることなど、利口な人間にはとうに知れたこと、そうでない者にはまるで面白くもないかもしれません」

この謙遜に、「耳には残る科白だ」と篤志

「人様の受け売りなのです」彼はさらに謙遜した。

篤志は自分なりの敬意とはこうなのだ、と分かる姿勢を彼に示したかった。

「……この島で、これまであなたに出会えなかったのは俺の失点ですよ。まして、ここでの会話には、足りないものがある」

「足りないもの?」

「酒です」

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尊史の口元が緩み、今度は、彼が聞き忘れていることを尋ねた。

篤志さん、あなた、上の名は?」

「名字ですか? そいつは……」

 

同じころ。

職員室にいた堀部は、みよ子に事情を説明され、「いいでしょう」と快く依頼を引き受けた。いじめの被害者があのサエだと聞き、

どこか虚ろなのもこのせいかな……。

一肌脱いでみる気にさせたのである。

「では能見先生。まずは、花瓶が落とされた場所へ案内してもらえますか」

「僕も何かお手伝いしましょうか?」

数学教師の前沢が買って出たが、

「結構です」みよ子に断られる。スミレたちは「変わったお巡りさんね」と、ひっそりささやいた。

堀部、みよ子、スミレ、妙子、正美の5人は校舎の3階に上がった。みよ子が教室の窓側に立った。

「花瓶が落とされたのは、この辺りからです。この部屋は音楽専門ですので、授業がなければ、生徒や教師の出入りはないんです」

窓辺の棚の上には室内の装飾として、花を生けるための花瓶がいつくか置いてあり、
「そのうちの一つを何者かが、牧田サエめがけて落としたのではないか」と、彼女は言うのだ。

「なるほど」

堀部は窓から下をのぞいた

「この高さから花瓶が当たれば、命の危険は十分あり得る。それで、牧田サエさんという少女をいじめていたのが、あなたたちなんですね?」

彼は、はっきり言ってみせた。スミレがとっさに反論する。

「どうして私たちが?」

「能見先生に連れられていたので、そうなのかなと」

「とんでもありませんわ。いじめだなんて、おっかない」

スミレはあきれた。妙子と正美も事実無根と否定する。

「あなたたちね……」

「まあ先生。いじめの加害者と、ここで花瓶を落とした犯人とが同一とは限りません」

堀部は花瓶の一つ一つを眺めた。今は物資不足のため、中には一輪の花もない。

「どういうことですか?」

「あくまで可能性です」

「牧田さんをいじめている生徒が、他にもいると?」

「それもあるかもしれませんし、ないかもしれません」

この2人の言い草が、スミレは気に入らない。

「ちょっとお巡りさん」

「自分は、お巡りさんではないのですが……。今度は下へ下りてみましょう」

外に出た5人は、花瓶が落ちたらしい場所に立ち、先ほどまでいた3階の教室をそろって見上げた。

「犯人は、少女がここを通るのをじっと待っていたんですかね」

堀部の口ぶりは、どこか他人事のようである。花瓶の落ちた場所でうろうろする彼に、スミレが期待せず聞いた。

「先ほどは申し訳ありませんでした。それで、犯人はお分かりになりましたの?」

「ええ、多少は」

意外にも、堀部は自信げに答えるのである。

 

続く