lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(26)~りぃ その5

あらすじ

則子殺害の捜査は振り出しに戻った堀部。北海道への緊急疎開も始まり、彼は疎開者の誘導・警備のため捜査断念を余儀なくされる。
このころ、町では疎開者が集まる銀行で異変が。様子を確かめようと、銀行に潜入した篤志。そこでは、客と行員らがソ連人の人質になっていた。警察に知らせようした篤志だが、工作員に協力する支店長の裏切りで、彼も捕まる。

 

篤志の意識が戻ってきた。

「う……」

「大丈夫かい?」

まだ薄ぼんやりする意識の中、篤志は近くで心配してくれる男の人を見ようとした。

「あなたは、サエの……」

「大丈夫かい、篤志君」

男の人はサエの父親だった。

「痛むか?」

「へ、平気です」

篤志ソ連兵が向ける銃口をにらんだ。

「やりましょう」

小声でハッパを掛ける。

「相手は一人です。ここのみんなで飛び掛かれば」

サエの父も、近くでそれを聞いていた他の人たちも、表情をどんと曇らせた。

理由は篤志にだって分かりきっている。全員で飛び掛かっても誰かは死ぬだろう。それが恐ろしくて動けんのだ。

篤志の胸で無力な自分への悔しさが渦巻き、気分が悪くなった。すると、工作員篤志をじろっと眺め、支店長にぺらぺらしゃべり、訳すよう命令した。

工作員篤志の隻腕をからかったのだが、支店長はそのまま訳してはかわいそうと、

「家に帰りたければ、静かにしなさい」適当に話してみせた。これは篤志のためだけでなく、ここにいる全員のためを思っての配慮でもあった。

……ソ同盟が……。

篤志は奥歯をかんだ。

表では、篤志が出てくるのを楡井が裏口で待っていたが、彼はなかなか姿を見せず、楡井の不安は高まった。

……何かあったに違いねえ。

そう理解はしたが、どうするべきか。

篤志の後を受け、ただやみくもに飛び込むのはあまりに幼稚な行為と思われた。

そのとき、がしゃん、と裏口の扉の鍵が閉まる音がした。

「ああ!」

叫んだが遅く扉はもう開かない。楡井には篤志のような鍵開けの技術はなかった。

「りぃ……」

彼は決断した。

「こっからは俺のやり方でやる」

こう覚悟し、彼は手近な車を探した。銀行の裏口付近にはトラック1台が止めてあり、彼は駆け寄った。幸いにもドアはロックされておらず、鍵もそのままであった。

わざわざほろの中までは確認しなかった。

楡井は車を走らせた。銀行の周りをぐるっと周り、表通りに出ると、いったん止まってエンジンを吹かせた。

「どけえ!」

運転席から怒鳴り声を上げた。驚いた銀行前の人だかりが、一斉にトラックを向いた。

同じ通りにいた別の通行人らも何事かとぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。

「どけえ! 死にたくなかったらどけえ!」

楡井は思いっ切り力んでアクセルを踏み込んだ。

一方……。

港の堀部はもやもやした気持ちで、集まってきた疎開者たちの誘導をしていた。

事件のことで、何かが出かかってる気がするのだが、正体をつかめないままでいる。

確かに、さっき出かかった気はしたのだ。

疎開輸送のための船舶には、本土との通常連絡船のほか、海軍の艦船、機帆船など近くで調達できる船はありったけ用いる計画である。船に乗り込むまでの間、島民らには岸壁で静粛にしてもらい、疎開証明書を確認するのが彼の役目だった。堀部がしばらく業務に集中していると、

「あの」と、呼ぶ声がした。

いたのはサエだった。

2人は互いに「お久しぶりです」と、挨拶した。堀部はにっこり笑い、

「先生はもう来てますよ」

彼女をみよ子たちのところへ案内してあげた。みよ子の周りには、教え子の女学生やその母親、兄弟姉妹などが既に集まっていた。

「牧田さん、こっち」

みよ子は手招きした。

「ここまで疲れたでしょう。少し休みなさい」

「はい」

サエはほっとひと安心し、その場に腰を下ろした。

彼女には、みよ子がこのところ自分に優しくなった気がしていた。以前は何かと口やかましく、勉強に向かう姿勢や生活態度などを注意されていた。今でも注意されないわけではないが、その頻度ややり方は柔和になった印象がある。

サエは思い切って理由を聞いてみた。普段のサエにはあまり見られない大胆な行動だった。半日歩いて汗をかき、気が興奮していたこともあっただろう。何より、本土へ行ったらもう会えないのではないか、そんな淋しい気持ちが、彼女を積極的な生徒にした。

みよ子は少し戸惑い、

「あなたも成長しているからよ」

成長。

この言葉がサエにはとても美しく、生き返る心地もした。

そんな2人の様子を遠巻きに見ていた堀部は、2人が実の姉妹か親子のようにも思えた。親子はみよ子に失礼だったろうが、それだけ近しい人間関係を2人に感じた。他の生徒らとはどこか違ったものだった。

……あの2人とはもう一度話しておきたい。

堀部は珍しくこう思い、また、やるべき職務へと気持ちを集中し直した。

もやもやした気分はまだ消えていなかった。

 

「う……ん」

運転席で楡井はもうろうとした。トラックごと銀行へ突っ込んだのである。

騒動に当然人が集まってきた。楡井は気絶寸前だったが、銀行の出入り口をぶち破ったのには満足し、気絶する前に篤志が出てくるのを期待した。しかし、ぶち破って入った銀行の窓口前の広間には誰もいなかった。既にソ連工作員と、その人質たちは地下の金庫室に移動していたのだ。

そうとは知らない楡井は、自分の行為が無駄だったのだけは理解し、自嘲気味に笑い、ぼてっと気絶した。

地下室では、篤志も決意していた。

……何が何でも殺す。

 

続く