lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(24)~りぃ その3

楡井は気晴らしのため、篤志を外へ連れ出していた。気晴らしといっても、町に大した娯楽などないのだが、あの狭くてねっとりした部屋に男2人でいるよりましである。道行く疎開者たちを見て、楡井が聞いた。

「サエとかいう娘の見送りはしないのか?」

「するよ」

「だったら行けよ」

「出港は夜だ」

楡井はふと疑問を感じ、

「お前、その娘はもう抱いたんだろ?」

「馬鹿、まだ16だぞ」

篤志が返した。

「16は立派な女だ。俺の初体験はもっと若かったぞ」

「知ってるよ」

「まだ抱いてないの?」

「関係ねえだろ」

「りぃ、お前ねえ」

「その名は使うなって言ったろ!」

何だか言い合いになりかけたとき、楡井がまたあるものに気を取られた。銀行の前に、長い行列ができている。楡井も篤志も行列が嫌いだ。待つのが嫌だからだ。

「便所でも借りる気か?」

「預金だよ、預金」

篤志が教えてやった。

 

普段は、まめに現金や債券を預けたり、引き出したりする商売人たちの利用が目立つこの銀行。けれど今日の行列は、これから本土に疎開する者たちや、その家族らがつくっていた。出港前に現金を引き落とすため、朝から順番を待っているのだ。

訳を知り、

「俺には下ろす金がねえや」と楡井。羨ましそうに指をなめた。

間もなく、どうも様子がおかしくなってきた。

「開けろ!」

「どうなってるの!」

どうやら、いつになっても入り口の扉が開かず、列の人たちが騒ぎだしたようである。興味本位から、篤志と楡井が列の人々に事情を聞くと、ある人は、

「突然締め出されたんだ」

またある人は、

「入った客も出てこない」

そして別の人は、

「何の説明もないわ」

さらに別の人が、

「気配はあるけど、いっこうに静かなの」

中をのぞこうにも、窓という窓にはすべて暗幕が降り、様子が伺えない。一通り状況が分かり、

なるほど不思議だ……。篤志は首をひねった。すると、

「つまり監禁か」楡井がため息交じりに言った。「痛い目になってなきゃいいが」

 篤志は半笑いした。

「はあ? どうしてそうなるんだ?」

「だってそうだろ? 銀行なんて金を手に入れたら用はねえ、すぐ外に出てくるもんだ」

楡井はむきになり、「外に出そうとしねえってことは、金を取られたくねえってことだ」

このとき警察署では、待ちくたびれた署長がイライラを抑えきれずにいた。

「まだか! 死人を運ぶのに、どれだけ時間を食っとる!」

ついに吠えた。さらに地団駄を踏み、

「どこで道草食ってるのだ!」

もう昼前だ。玉田高太郎の遺体を回収するため、明け方に出た警官らはとっくに戻っていなければおかしかった。事情は部下らも知る由はなく、怒鳴られても答えようもなくて、困ってしまう。

「探してこい!」

また署長が吠え立てた。

「どこをです?」

仕方なく部下らが聞くと、

「ここから遺体のあった山林までの道を探せ! おのれあいつら、しょうもない理由だったら、承知せんからな!」

同じころ、港にいた堀部とみよ子は、出港準備が進む船舶の前で思いのほか会話が弾んだ。

「野球をやられてたのですか?」

「やっていたというか、頭数合わせのお遊びのようなものです。両チーム合わせて18人、審判を入れれば、もっと人数が必要な競技ですからね」

「決まり事も複雑で、女には難しそうです」

「亡くなった妻にもよく言われました。あるときなんか、どうして塁上は左回りなのか、右じゃ駄目なのか、なんて聞かれて答えに窮しました。あんな疑問を持つのは、さすがにうちの妻くらいです」

堀部はボール投げる仕草をした。

「慣れれば、女性も楽しめる競技ですよ」

「奥様はきっと嫉妬されたんでしょうね。野球に夢中になる堀部さんに」

「そうでしょうか」

「だと思います」

みよ子は明るく、「女って嫉妬深いんです。好きな人が自分以外に興味があると思うと、気になってしまって。疑り深いんです」

「男だって同じですよ」

「悪い意味だけで言ってるんじゃないんですよ。女は嫉妬から色々学んで、奇麗にもなりますわ。男性は?」

「そう言われると……」

男と女の違いを問われると、堀部は苦手だ。想像はできるが証明のしようがなく、いつまでも説明が終わらない迷宮のようである。その点、事件には原因と結果があるから、捜査にもいずれ終わりがくる。

あの事件。木下則子の殺害にも必ず原因が存在している。彼女はなぜ、殺されなければならなかったのか? 

昨日、源造たちの証言で、彼女がソ連と取引するため、本土の情報を握っていたのが明らかになった。情報とは政府機関や軍、政財界の要人らが隠し持つ金融資産である。

「国と本土の大企業らが共謀し、国家予算の付け替えや偽装、租税回避、脱税、証券化など、ありとあらゆる手段を使って長年蓄積した資産の種類、その額、在りかを網羅したものだ」

取り調べで源造はそう証言した。

「あの女は本土にいたころ、教え子だった要人らの息子、娘たちの醜聞をもみ消す見返りに、守銭奴たちの仲間に加えられたのだ。……私たちは知らなかった。何が帝国だ、売りたくもなるだろう?」

これを聞いた谷山は、

「源造たちが彼女を殺して情報を奪おうとしたのか?」と、推測したが、

……そんな必要があったか? と、堀部には思えた。

首謀者の彼女を殺す危険を犯してまで計画を進める必要のことである。彼らに彼女を殺す理由など、ありそうもない。けれど実際に彼女は殺され、取引の種となる情報は消えた。彼女を殺す理由があるとすれば、むしろその守銭奴たち。谷山も疑問に思った。

「口封じで殺したか?」

しかし、それなら協力者だった源造たちもみな、殺されるはず……。

堀部はそう考えていた。

「堀部さん」

ここでみよ子に呼ばれた。

「ぼうっとされてましたよ、どうしたんです?」

「すいません……」

「事件のことですね」

「はあ」

「やっぱり気になりますよね。あの夜は、火事を見に駆ける人たちの騒ぎで目を覚ましたんです。まさか校長先生とは……。私には理解できません」

「……」

「こうしてる今も、戦場では多くの命が失われているのに。誰かを殺したり、殺されたりだなんて馬鹿げてます」

 

さて……。

そこには、硬直した様子の銀行員と客たちがいた。

銃を手にした一人の男がにらみを利かし、恐怖で全員の身動きを封じている。

銃を持つ男は外国人。

 

続く