lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(17)~先手 その1

あらすじ

疑惑の目を炭鉱業の源造らに向けた堀部だったが、そのころ町で騒ぎが勃発する。ある朝鮮人が、ソ連側のスパイと疑われ、島民らに襲われたのだ。見かねた青年・篤志が、どうにか朝鮮人を助け出し、堀部の家に一時かくまってもらう。そこを、かぎつけた1人の島民が襲い、堀部はやむなく島民を射殺する。

 

4 先手

前夜である。

スパイ騒ぎも収まったころ、源造はわざわざ真壁の自宅を訪れ、しきりに言い合いを重ねた。

「このたわけが」

源造の表情がかつてないほど険しい。

「馳走の用意もなく、どうやって客人を迎えるのだ」

「わ、私のせいでは」

「貴様以外で誰が分かる、あの女は死んだんだぞ!」

「うう……」

源造は殴り掛かりでもしそうな剣幕だ。

「この私が危ない橋を渡ろうとしたのも、あの女の持ってるものが確かだったからだ。それを失くすとは……。愚かにもほどがある」

「き、きっとまだどこかに……」

真壁はハッと思い付いた。

「も、もしかして、私たちのことを知った奴が妨害しようとして……」

「誰がだ?」

「わ、分かりません……」

源造はあきれた。ほぞを噛む真壁に、

「馬鹿め。……で、あっちの処理はどうした?」

「それは既に」

「あの女と違い、きちんと焼却したのだろうな?」

「そこまでは……」

この返答に、源造は怒り心頭となり、「何だと? あれこそ確実に処分せんか! どうしてお前はそう愚かなのだ!」

「……」

こうして立て続けに続く源造の叱責だったが、真壁は納得いかず腹が煮えた。今回の件、彼はあくまで木下則子の『付き人』に過ぎず、首謀者は則子、その協力者が源造たちだった。真壁は彼女の指示で動くことはあっても、自分で判断する責任や、その場面など決してありはしなかったし、特に求められもしやしなかったのだ。

そう……。

いわば雑用としていいように使われ、その見返りとして、おこぼれにあずかるのが今回の話であったはずなのだ。

それなのに……。

源造は彼女がいなくなった途端、「貴様が責任を取れ!」などと、筋の通らぬことを強要してくる傍若無人ぶりではないか。

彼女と愛人関係にあったとて、別問題ではないか……。

「おい、貴様聞いているのか!」

真壁は噴き出しそうな怒りを抑え、源造の仕打ちに耐えた。

しかし胸の内では、

かくなる上は……。

 

◇◇◇◇

「堀部さんは?」

この日、篤志は朝から訳あって警察署を尋ねた。

「体調を崩して今日は休みだ」

昨日の件、楡井から探すのを頼まれた男のことで堀部に助力を願えないか、そう考えてみてのことである。

不在ではどうにもならん……。

「そう。谷山さんも体にはお気を付けて」

篤志は足早に署を後にした。

「誰だね、あの青年は?」

彼が去り、横で見ていた署長が谷山にけげんげに聞いた。

「顔に殴られた痕があったぞ。昨日の関係者か?」

「彼は被害者ですよ」

「左腕がないのはどういうわけだ? やくざ者じゃないだろうね」

「そうではないだろうと」

「確かか?」

「それは……」

「ここのところ、署がまるで島民の集会所のようでもある。昨日のような事件が起きたのも警察の威信の低下が一つの原因だ。谷山君、君はその親しみやすさが良いところではあるが、状況をよく見て、使いどころはわきまえてくれたまえよ」

署長は周りを見渡した。

「ところで、谷山君」

「はい」

「君に話があるのだが……」

この日は8月11日。

昨日の疲れがどっと出たか、今朝の堀部は高熱を出し、力なく床にふせっていた。

「……う、うーん……」熱で気も弱ったか、「歩、縁……」

うわ言のように、息子と娘の名前をぽつぽつ呼ぶ。堀部は今一人暮らしである。年も、もう50半ば。彼自身、想像はまだつかないのだが、この時代、そろそろ引退を考え、子供も結婚していれば孫だっていていいころでもある。けれど、彼がよほど心配なのは自分のことより、残った家族の安否の方。妻は対米開戦直前、病で死んだ。

……ぐう。

堀部の腹がいやしく鳴った。こういうとき、一人暮らしの不便さを思い知らされる。風邪は引きたくない。もともと小食の彼、それでも腹が減るときは減ってしまうが、何を食うか……。

孤独の気分も自ずと高まる。

「……面倒な」

とにもかくにもこの日の堀部、このままだと捜査の時間浪費は嫌でも避けられそうもなかった。

さて、ある家の前で、篤志はふらふら様子を伺った。

行こうか行くまいか……。

先ほど堀部に会えなかったのは残念であった。とはいえ、そもそも木下則子の事件捜査が忙しい堀部である。篤志には、こちらからお願いをすることが仕事の邪魔にならないか、という気の引け目もあり、すぐに諦めはついた。そこで、

……彼女に聞いてみるか。

こう思い、ここまで来てみたのだ。ただ、いざ来てみると、またあの校門前での時間が止まった気分を思い出すようで、

どうしよう……。

と、そのとき。

「あのう、うちに何か?」

知らない男性に声掛けられた。すぐに状況を察し、篤志はおっかなびっくり動揺する。

「あの自分は……」

男性の隣には、サエがしれっと並んで立っているのだ。

「ええっと……」

「お父さん、こちら私の知り合いの篤志さん」絶好のサエの助け舟であった。

「そうですか。初めまして」

サエの父は礼儀正しく挨拶した。篤志も素早く、「は、初めまして」ご丁寧に返す。

そうして間もなく……。

「びっくりしたあ」

篤志

「私もです」

とサエも微笑む。

「君のお父さん、銀行員だったのか。仕事は堅そうだけど、理解のありそうなお父さんだ」

篤志はハッと不安そうに、

「俺の印象、悪くなかったかな?」

「人の家の前をふらふらしてたんですから、良いとはいえなかったんじゃないですか?」

「ええ、本当に?」

2人は特に当てもなく、歩きながら話した。篤志がサエの笑顔を十分堪能したころ、

「サエ、分かるかな、君の学校で……」

楡井に聞いた話を切り出してみた。

「ごめんなさい。心当たりありません」

「そう」

これで仕方がない。

楡井には悪いと思うが、これで篤志にできることはなくなった。別の糸口でも見つかればいいが、彼への借りは別の形で返すことになりそうだ。

 

続く