lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(25)~りぃ その4

軍服ではなかったが、顔付き、肌の色、体格、そして時折口にする言語から、間違いなくソ連人であった。

窓口前の広間に、人々は集められていた。

……こりゃあ、痛い目に遭うどころじゃないぜ。

壁の裏に身を潜め、篤志は事の重大さを知った。

……今度は、あいつの勘の当たりだ。

なぜ今彼が銀行の中にいるかというと、それは少し前のこと。

銀行から少し離れ、楡井は篤志を止めようとした。

「本当にやるのか?」

「ああ」

「けどお前……」

楡井は不安そうに、

「盗みはもうしないんじゃなかったのか?」

「馬鹿、盗みに入るんじゃない」

篤志は胸を張って、

「中の様子を見てくるだけだ」

「けどよ、どうすんだ? 道具がねえぞ」

そう言われ、篤志は銀行前の人々を差した。

「目の前にどれだけ女がいると思ってんだ?」

こうして、銀行の裏口に回った篤志は女性に借りた髪留めのピンを使い、扉の鍵穴をカチャカチャいじった。

楡井は懐かしいものを見るように、「片手のくせに器用な奴」

「今は乳絞りで役立ってる……よし、開いたぞ」

篤志はピンをポケットにしまった。

ふうと一息吐き、

「じゃあな、待ってろ」と、いうわけだ。

中の状況を知った篤志は自分の手には余ると思い、警察を呼びに裏口へ引き返そうとした。

が、そのとき。

ガン!

何者かに頭を殴られ、彼は倒れた。脳震とうを起こしたようで、そのまま引きずられた。

篤志を殴ったのはソ連人ではなかった。

 

行員と客たちが集められた窓口前の広間に、篤志が運び込まれる。篤志を運び込んだ男は、ロシア語でソ連人と二言三言話した後、そのソ連人の隣に回り、行員や客たちから目をそらした。

「支店長!」誰かが叫んだ。「裏切り者!」

すぐにソ連人は銃口を向けた。また支店長と呼ばれた男にも、しいっと人差し指を口に当て、そのまま静寂を求めた。そう、ソ連人に協力する男は、この銀行の支店長だった。

支店長は行員と客らの軽蔑の眼差しを受けながら、

……仕方がないのだ。心で弁解した。……すべては運が悪かった。

これは彼がまだ仕事中、外で一服しようと裏口から出たときである。

付近に見慣れぬトラックが1台止まっていた。このとき彼は単なる無断駐車かと思い、特に気にすることもなかったのだが、それがいけなかった。中に戻ろうとした瞬間、トラックのほろから素早く出てきたソ連人に拘束され、中に押し入られたのだ。そして片言だったが、こちらの言語で要求を告げられた。

「きんこは、どうしのもの」

『どうし(同志)』とは、社会主義ソ連が体制側の人間を差してよく使う言葉であり、そのため帝国にはそんな彼らを、『ソ同盟』と揶揄する者もいるほどだった。

彼は察した。

……資産を接収する気だ。

事実、ソ連側は戦闘激化に伴う島民らの島外脱出を見据え、本土に資産を移動される前に、資産接収のための工作員を送り込んだのであった。

これには終戦後、より多くの資産を自国のものとする狙いもあったが、何よりソ連側は、仮想敵国の米国がこの戦争で利するのを1ルーブリたりとも阻止したかったのである。

この支店長はロシア語を少し知っていた。

ソ連側はあと1日もあれば、島内の戦闘に片が付き、樺太全土の占領政策に着手できるとみていた。つまり、1日だけ、銀行の機能をまひさせればよかったのだった。捕えた銀行員や客たちは、その間いざという場合の時間稼ぎで使う人質なのだ。

それを知った支店長は、自ら通訳の協力を申し出た。

この協力はソ連人の狙いを知り、下手に人質が騒がないよう自分が仲介役となるためだった。

恐怖で人を操る術を心得ていた工作員は、この男は手中に収めたと確信した。

同胞の人質たちを前に、支店長は心で嘆願した。

……分かってくれ。あの売国奴たちとは違う。

 

続く