夕べのこと……。
食事を終え、台所で洗い物をしていたときだ。……ふぅ。身の毛がよだつとは、まさにあの瞬間。
何とはなしに玄関へ目をやったら……。
え?
そこに「見知らぬ子ども」が立っていた。
鮮明に覚えてる。身長は120㎝くらい、黒い髪に、青白い肌。
……誰、何?
ぞっとしたのは、何より、あの瞳。
焦点が合ってない黒目。いや、そもそも白目などなく、黒光りする瞳には人を飲み込む邪悪さすら感じた。
まさに、「まさか」でした。
いやはや、既に30年以上生きてきて、今更こんな経験することになろうとは。
頭は冷静。遅い夕飯で食べたカレーの味(バターチキン)も忘れてやしない。
冷静でなかったのは体のほう。まず、全身の皮膚が、さっと冷える感じ。さらに毛穴が締まり、鳥肌が立ち、筋肉が硬直していくのが分かった。
金縛りの一歩手前だ。
こちらは何事もなく、子どもが消えてくれるのを願うしかない。
けど、やはり相手は邪悪だったようです。
子どもがパッと口を開いた。その気持ち悪さといったら……。
どう説明すればいいんだろう。マリオネットの、あの上下にカクカクした口の動き。あれが生身で再現されてる感じ。
口元の肉が縦方向に裂け、カクカクと動きだしたのです。
何かを叫んでる。けど、何を叫んでるかは分からない。
……ああ、まずい。
MO5(マジで襲われる5秒前)。
実際には3秒くらい。
カクカクした口のまま、子どもが突進してきたのです。
……ううぅ!
どうにかしようとして、どうにか右手が動きました。
右手で相手の左頬をバシッとはたき、払いのけようとする。本当は素早く避けたかったけど、無理だよ。あのときはあれが、精一杯の条件反射。
思い出したくもない、右手から伝わる、不気味な感触。
ただ意外にも、子どもはあっけなくよろけ、膝を崩しました。
こうなると不思議なもんで、その様子を見た私は、少しほっとする。得体の知れない存在が眼前にいる状況は変わらないのに、わずかに優位性を確保した気分でした。
と同時に、嫌な予感が増幅してきて焦った。
経験に基づく己の直感が警告を発しているのが分かったんです。
子どもが立ち上がった。再び口をカクカクさせ、襲ってくる。
それをまた払う私。崩れる子ども。
また立ち上がる子ども。払いのける私。
カクカク、バシ、カクカク、バシ……。
エンドレスだ。
ここでようやく、この恐怖の本質を理解。
状況を悟り、冷静だった脳内までキンキンに凍りました。
……無間地獄。
何ということ。
仏陀いわく、無間地獄に死はない。だから長寿(長い余命)であればあるほど、地獄の責苦は繰り返される。
連日の殺人的・虐殺的猛暑。
そこへ突如現れた邪悪な子ども。
ただでさえ息苦しい真夏の夜に、無間地獄にまで囚われてしまった30代の私。
カクカク、バシ、カクカク、バシ……。
「誰か、助けて……」
そんな夢をみました。