lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(21)~先手 その5

あらすじ

則子の死で、ある計画が頓挫した源造ら。源造は、その責任を則子の愛人だった真壁に押し付けた。堪えかねた真壁は、源造失脚を狙い、「売国奴」の醜聞を流布。触発された島民らは、源造襲撃に及ぼうとするも、堀部の機転で、源造たち一家は警察が保護する。

 

しばらくして堀部が帰ってくると、休む間もなく、源造だけ別室に呼び寄せた。すぐさま、「知ってることを話してください」

「何のことだ?」

「まだしらを切るのですか?」

堀部は荒い息を整えた。

売国奴

「な、何を! あれは濡れ衣だと言っただろ!」

 

「違う、あなたは売国奴だ」

「貴様!」

源造は目も頬も耳も、みるみる赤くなった。堀部は動じず、「売国。正確には、国を売ろうとした」

堀部はとうとうと話し始めた。この先はこうである。

彼はまず、

「木下則子、小野田達吉、玉田高太郎、真壁一、それに古谷源造……」

こう切り出し、

「この5人は、帝国の戦況に分がないなとみるや……うまく敵国に取り入ることを考えた」源造に睨みを利かせた。

「何を馬鹿な」

「特に不安だったのは、中立条約を破棄したソ連の侵攻。現実となれば、樺太全土が彼らの支配下に入るのは間違いなさそうだ」

堀部は続けた。

「もしそうなれば、自分たちの身や、これまで繁栄してきた事業はどうなる……。なぜなら、ソ連社会主義国家だ」

「……」

「そこで5人はソ連と取引しようとした。敗戦すれば米国が支配することになる本土で、ソ連の暗躍を手助けしようとし……」

「……」

「そのために、本土の機密情報を手に入れ、それを渡すのを条件に、自分たちの身の安全や事業の保証を取り付けようとしたんです」

「ふん……」

「しかし」堀部は再び、目で源造を制した。

「……しかし、途中で計画が狂ったか、あるいは仲間割れかが起こり、1人を殺害した。これで一度狂った歯車は狂い続け、仲間割れも深まり、さらに仲間の誰かがもう1人を失脚させようとした。その標的になったのが古谷源造、あなただ」

「……とんだ、作り話だ」

源造は鼻で笑った。

「すべて想像だ、憶測に過ぎない。こんな話が何だというのだ!」

「あなたは不義理な人だ」堀部は断じた。

「何だと!」

「国家反逆は重罪です」

「そんな証拠がどこにあるのだ!」

「あなたたちは情報を失くし、ソ連と取引することができなくなった」

「だから知らん!」

「木下則子は実際殺されている」

「やったのは私ではない!」

「あなたたちは、情報を持っていた彼女を死なせてしまい、その在りかが分からなくなってしまった。それとも、玉田高太郎に持ち逃げされましたか?」

「持ち逃げ? 奴は仕事で本土にいるだろ!」

「なるほど。どうやら玉田さんに対しては、殺しの疑いを持っていないようだ」

堀部は眼光鋭く言い放った。

「でも我々は違う」

「だから……」

「だから、あの怪文書が出て念のため、我々は高太郎を除く玉田家の一家全員、達吉を含む小野田家の一家全員をすぐ保護しました。あなたとのつながりが知れれば、興奮した島民たちに同じように襲撃される恐れが、なくはないと考えたからです」

「……」

 

「みなさん、何事が起こったのかと呆気に取られていましたよ。けど、小野田達吉だけは怯えていた」

ようやく堀部は声を静めた。

「そして、感謝されました。彼にはまだ素朴さが残っていた。彼は全部を話してくれたのです」

そして……。

 

島南岸の漁港。

「急げ、急げ……」

真壁は一隻の漁船を使い、島を出港しようとしていた。

「こらあ! 船に勝手に触るな!」

持ち主らしき男が叫んだ。真壁は無視し、船を係留する綱を外そうとすると、

「真壁!」

複数の警官が怒鳴りながら迫った。

「そこを動くな!」

「うう……」

綱を外すのが間に合わないと焦った真壁は、慌てて走り、逃げだした。

「この野郎!」

「あああ!」

真壁は全力で駆け、警官を引き離そうとした。すぐに前方から別の男が現れ、まんまと挟み撃ちにあう。前から飛び出てきたのは谷山だった。

「観念しろ、真壁!」

「くそう!」

真壁は往生際悪く吐き捨て、懐から短い刃物を抜き出した。

「死にたくなかったらどけ!」

「ほう」

谷山は身構えた。

「そいつで、玉田高太郎も殺ったのか?」

「うるせえ!」

谷山は突き刺してきた刃物をサッとかわし、真壁の手首を力強くひねった。

「警察をなめるな!」

「じじい……」

この隙に他の警官たちは飛びかかり、真壁の動きを完全に封じてみせた。

「あああ……」

うなだれる真壁に、谷山は吐き捨てた。

「ガキめが」

こうして日も暮れ……。

警察に保護された妙子は、署の一室で泣いていた。

「妙子さん……」

一人、椅子で泣く彼女のそばに高文が立った。

人殺しに加担し、国をも裏切ろうとしていた妙子の父はその罪が暴かれ、娘の立っていた世界をもバラバラに崩したのである。

一方、高文の父……。

彼もまた罪人ではあったが、思いとどまるか、とどまらないかの差で、殺す側と殺される側に別れたという違いがある。

そう、高文の父は思い止まろうとし、殺されたのだ。いや、実際は思いとどまるなどと、そんな格好のいいものでなかったのかもしれない。

高文にも、その程度の想像力は十分あった。それゆえ、彼はそっと彼女の肩に手を伸ばしたのである。

けれど、彼女は肩を引いた。高文の手がゆるりと下がる。それから沈黙は長く続き、このまま宙ぶらりんにしていると、彼の片手はまるで、空気になくなっていくかのようなのだ。

また別の部屋では、スミレもやはり沈黙していた。

彼女には父の判断も、妙子の絶望も、高文の辛苦も、島民の心情も、外国の脅威もすべて分かって、分かるから、思いが散らかり言葉が出てこない。

言葉が見つからなくても、思うことを止めてはならない。

一つの言葉で言い表せないのなら、散文でもいいから用い、まだ知る由もない正しさに、一つ一つ近付かなければ。

この先必要なのは、その散文を結び付ける思想だった。

残念ながら、彼女に答えを教えてくれる者などいない。胸の中で、ただ「こっちだ」と誰か呼ぶような声がするだけである。その声を聞き、まどろむように彼女はつぶやいた。

「尊史さん……」

 

その夜。

「……真壁も保護しようとしたが、既に彼はいなかった。その時点で、彼があの怪文書を作ったのは察しがついた」

署に戻ってきた谷山に、堀部は説明した。

「あとはどこへ行ったか。島から出さないため、まず近くの港を抑えてもらった」

「その中でも、一人で逃げる気なら小さな漁港か。あっ、いてて……」

谷山は手の切り傷を抑えた。包帯には真っ赤な血が滲んでいる。

「大丈夫か?」

「問題ない。名誉の負傷だ」

「そう、感服するよ」

「海岸警備に移る前に、いい手柄を上げられた。この戦争が終わったら出世につながる」

「ああ。こっちからも推薦しとく」

谷山は照れ臭そうにしたが、さっと気を引き締めた。

「玉田高太郎の遺体は?」

堀部は呼吸を置き、「お前の治療中、真壁が吐いた場所へさっき警官が向かった。今日立ち入り禁止にして、明るくなったら掘り起こす」

これは少し前。

捕えられた真壁は、玉田高太郎殺害を自白していた。

「則子と源造に命令されたんだ……」

取調室で堀部と向き合う彼は呆然とし、「死体の処理が一番困った。結局、山に埋めた」簡単に罪を認めたのだ。

「……本土への出張は口裏合わせか」と谷山。

「高太郎も仲間だったが、ソ連との取引に乗り気でなかった。邪魔になると思い、消された」

堀部は沈みがちに話した。

「真壁に呼び出され、殺されたのは7日の昼頃。その直前の朝は、うちの署に来てたのに……」

「高太郎の息子も哀れだ。真壁の挙動におかしさがあったのは人を殺したからだろうが、あいつはそんな汚れ役も承知で仲間に?」

「彼は、木下則子の愛人だ」

「なるほど。愛人だった木下則子も真壁が殺ったのか?」

堀部は改まって、「それは違う」

「ああ?」

「高太郎を殺した則子たちは、4人で計画を続行するつもりだった。4人に揉め事はなかった」

堀部は重々しく続けた。

「達吉もそうだし、お前が真壁を追い掛けてくれていた最中、源造もそう証言している。真壁も、木下則子殺害はきっぱり否定した」

「そんなの、嘘言ってんだろ?」

堀部は首を振り、「あの3人には木下則子を殺す理由がない」ぐぐっと眉をひそめた。

「彼女は、計画の最も重要な鍵を握ってたんだ。それがあったから、源造たちも彼女の話に乗った」

「じゃあ、誰が彼女を殺ったんだよ?」

谷山は鬼気迫る感じだ。

「それは……」

 

続く