lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】刑事堀部(18)~先手 その2

「そうだよな。サエは、夜中に密会する生徒と付き合うような不良じゃない」

「まあ。私のこと、よく分かるんですね」

「分かるさ。俺は、君のことなら何でも分かる」

2人は見つめ合った。

「……サエ」

篤志さん」

篤志がサエの手を握った。

「サエにはいつか……」

篤志さん、後ろ」

「後ろ?」

 場違いなサエの科白で、篤志は振り返ってしらけた。

「誰?」

ごめんなさい、こっちの人は……」

サエが説明しようとするのを待たず、

「サエさんじゃありませんか。奇遇ですわね」

先に答えたのは妙子であった。

「小野田妙子と申します」

こう挨拶してきた彼女には男の連れがいた。

「こんにちは。玉田といいます」

玉田製紙んとこの息子、留置所出てきてたのか……。

庶民の思うものを秘めつつ、篤志は2人に会釈した。

「こちらの方は?」

「知り合いの篤志さんです」

「そう。サエさん、元気にしてらっしゃる?」

「はい……」

「まさか、あなたに男性のご友人がいるとは知りませんでしたわ」

さて篤志、ここまでの短いやり取りで、サエと妙子の関係性におおよそ見当が付き、ちょっと愉快じゃない。

……学校での立場は、あっちが上か。

篤志は場を和ますつもりで口を開いた。

「玉田さん俺今、酪農場で働いてるんですが、朝は早いし、賃金は安いし。玉田さんとこの会社で雇ってもらえないですかね」

妙子は篤志の左腕に注目して、

「高文さん、荷物運びでだって役立ちそうにありませんわ」

「何だあ?」

篤志さん……」

「うちは厳しいよ」

高文はボソッと言った。

「自分も『うちで働く前に外の世界を見ろ』って、父に言われるくらいだから」

「そうなんですね。じゃあ、俺なんかじゃ無理かなあ」

……ちっ、愛想良くしようとして損した。

篤志は、とっととお別れしてやろうかとむきにもなったが、待てよと考える。ここはせめて、

……男ではこちらが上だと知らしめてやるのが、彼氏たる者の器量ではなかろうか……などと。

篤志はいかにもわざとらしい、はっと仕方で、

「そうだ、妙子さんに玉田さん。ちょっとだけ時間あります?」

ところで、このとき。

……あの4人、どこ行く気?。

物陰に潜むスミレ、その視線の先に2組の男女がいる。

気付かれないよう距離を置き、こそこそする姿は彼女の自尊心にはまったくそぐわぬ、あらぬ醜態であった。

ここまで来て、もう引き返せない。

女の方は妙子にサエ。これは彼女にとって、てんであり得ない組み合わせなのだ。いぶかしく思った瞬間、彼女は後を付けずにはおれない。

意地の強さもまた、彼女らしさではあるが……。

……妙子の奴、私に内緒で手打ちでもしたの?

このときまだ昼前。母に頼まれたスミレが銀行で預金を下ろした帰りのことである。

 

さて、篤志たちが着いたのはとある農園。彼はサエたちを一つの牛舎に案内した。

「じゃあやるよ、3人ともよく見てて」

自慢げに言って、牛の乳を右手で掴んだ篤志

「いち、に、いち、に」

と、手際よくミルクを絞り出していく。しばらく手本を眺めさせたら、

「分かった? では、みんなでやってみよう」

「嫌です。どうしてこんな……」

「文句言わない」

篤志は妙子の尻をちょいと蹴った。

「きゃあ! 何をするの!」

「ぶうたれてるからさ。ここでは俺の命令が絶対だ。ほら、手が止まってる」

「信じられません……」

妙子は嘆いた。

なぜこうなったかといえば、きっかけを与えてしまったのは高文だ。先ほど彼が父から、うちで働く前に外の世界を見てこい、こう言われてるのだと知り「是非手助けさせてください」篤志が申し出たのである。ついでに、「絞った牛乳は差し上げます。簡単なバターの作り方も教えましょう」とも付け加えて。

この提案、高文からすればまったく迷惑なものだったのだが、自分で口にした手前、むげには断りにくかった。誘った篤志にしても、まあ意地が悪い。けれど、そこは酪農家の端くれである。乳絞りの指導だけは、しっかりみっちりやるのだ。

「みんな、両手使えるくせに遅いな。玉田さんはもっと強く」

「か、感触が……」

「あんた、女の胸触ったことないの?」

「ちょっと、高文さんに変なこと仰らないで」

「はいはい。おっ、いいよ。サエはこつ掴んできたな」

「結構難しいです」

そんな彼らの姿を牛舎の隙間からのぞいていたスミレ。

……意味不明ね。

呆れてそろそろ帰ろうとしたときだ。

「おたく、どこの人?」

後ろから篤志に呼び掛けられ、彼女は思わず、飛び上がりそうになった。さらに、

「古谷先輩?」サエまでやってきてしまう。

「古谷? もしかしておたく、古谷炭鉱のお嬢さんか」

さてさて、こうして……。

「スミレさんが、なぜここへ?」

「た、たまたまよ」

篤志の思い付きで始まった乳絞りは、なぜかスミレも交え、にわかに活気付いてきたのである。

 

続く