lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【小説連載】アイガーリ(I got it !)~プロ球団の女スカウト~後編の戯れ

あらすじ

ドラフト会議当日。夕子の戦略で指名が進み、いよいよ竜を選択する番に。しかし・・・。

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いよいよ運命の日。

貸し切られた高級ホテルの大広間がドラフト会場である。

 

マスコミとファンらも大勢押し寄せ、時が来るのが待ちきれない。赤い絨毯の上に並べられた12台のテーブルそれぞれに、12球団の編成部長や監督、その他幹部らが座り、臨戦態勢だ。


一般席では、あの太った女があられをぼりぼり食し、その隣のカメラ小僧は念入りに自前の一眼レフを手入れする。臨戦態勢は彼女たちも同じなのだ。

テレビ中継から実況アナウンサーの声が流れ出す。

 

「さあ、間もなく始まります、プロ野球2020年ドラフト会議。コメンテーターには打点王2回、首位打者2回、本塁打王3回に輝いた希代のスラッガー。惜しまれつつ、先日引退試合をなされました元フライハイヤーズ、高崎誠さんにお越しいただきました。高崎さん、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」と元気そうな高崎の声。引退後の初仕事である。

 

彼は1年だけ解説者に転向したら、その後フライハイヤーズの打撃コーチに招かれる密約を球団側と交わしている。高校を出て野球界しか知らない彼にとって、解説者の仕事は一種の社会勉強だった。コーチになる前に外の世界を幾ばくか見聞し、人格の幅を広げてこいとの指令である。


夕子とサラはドラフト会場ではなく、同じホテルの別室で待機した。100平米ほどの会議室のところどころに、他球団の関係者らも陣取り、ドラフト会場の幹部らよりそわそわしたり、談笑したりしている。

夕子とサラは会場を映すモニターの前から動かない。その背後でフライハイヤーズの球団関係者らがどきどきする。

 

同じ頃、大泉家のリビングには、テレビの前でドラフト開始を待つ竜と妙、建設現場の管理事務所には、壁の時計を何度も確認する智がいた。

竜には今後の人生が懸かった大一番。

その瞬間を智と妙も見届けたい。

 

ちなみに、ドラフト(draft)には「徴兵」という意味があり、それをプロ野球選手の選択会議の呼称に用いるとは、輸出元の米国人らしい、いかにもやんちゃな発想であった。野球とはそもそも、かの国の軍人たちがたしなんだ競技なのだと想像してもおかしくない。そう、野球選手とは、いわば兵隊なのだ。

智には息子を戦場に送る気持ちがあった。ドラフトの結果がどうであれ、その先の人生が戦場であるのは間違いないのだから。


「いよいよか」

GMの周はホテルにいなかった。球団本社の自分の部屋から、優雅に夜景をのぞくのだ。

 


ドラフト開始が刻々と迫り、会場の熱気も増してきた。テーブル周りの球団関係者も落ち着きのなさを隠せない。

そして・・・事務局のアナウンスが始まる。


「選択手順を確認いたします。1巡目の同時入札指名は、指名が重複した球団間で抽選を行います。外れた球団は再度入札を行い、重複の場合は再度抽選をし、以下重複がなくなるまで入札を繰り返します。2巡目からは、レギュラーシーズン成績の逆順で指名を行い、3巡目はその折り返し。以下交互に指名を行います」

 

「レギュラーシーズン成績の逆順とは、S・P交流戦のリーグ合計勝利数で勝ち越したリーグに指名の優先権が与えられ、今年度は54勝52敗2分けで、Sリーグが勝ち越しましたので、Sリーグが優先権を得ました。ロードフェニックスから指名を始め、その次にフォーティ―ファイブス、S・P交互に指名を行います」

 

「抽選について確認します。既に各テーブルに説明用紙が配布されておりますが、当たりくじのみ、内側に『交渉権確定』の印が押されております。外れくじの内側には何も記載がありませんので、ご確認ください」


補足しよう。

Sリーグにはロードフェニックス(今季リーグ6位)の他、ガッツ(同5位)、ジェットピクルス(同4位)、フライハイヤーズ(同3位)、ブースターズ(同2位)、ブラックマウンテンズ(同1位)の6球団がある。

Pリーグはフォーティ―ファイブス(同6位)、マイトレンジャー(同5位)、ホーリーナイツ(同4位)、タイタンズ(同3位)、エルドラドズ(同2位)、ダブルホワイトクラブ(同1位)の同じく6球団。

 

指名1巡目は各球団とも指名した選手の交渉権をくじ引きで争う。くじ引きは全球団の1巡目指名が決まるまで続けられ、2巡目からはくじ引きでなく、ロードフェニックス、ファーティーファイブス、ガッツ、マイトレンジャーのように各リーグの下位から交互に指名を進める。3巡目はその逆、上位から指名していくのだ。


全12球団が1巡目の指名選択終えた。


司会者の声が会場に響く。

 

「それでは、各球団の指名選手を読み上げます。第1巡選択指名選手、ロードフェニックス、北本聖也、内野手、ジャパン鉄道」


大型モニターに選手の名前、ポジション、現在の所属が表示され、一般の観客らが釘付けになる。

実況アナが叫んだ。

 

「1巡目、フェニックスは社会人、ジャパン鉄道の北本内野手を指名してきました! 高崎さん」

「少し意外ですね。ピッチャーを指名してくるかと予想したんですが。まあ各球団、事情はありますからね」


また司会者の声。

 

「第1巡選択指名選手、フォーティーファイブス、国保博、投手、雲海大」


待ってました、とばかりに観客から歓声が上がった。

実況も興奮気味に、

「出ました! 大学野球のエース、国保! 事前の報道でも指名競合確実と言われた選手が出てきました。高崎さん」

「このピッチャーですね。球威、コントロール、文句なしの先発即戦力です」


司会者は「第1巡選択指名選手、ガッツ、国保博、投手、雲海大」と続け、歓声はさらに大きく膨らんだ。

実況も負けてられない。
「ガッツも国保! やはり、この投手は競合します!」


会場の盛り上がりとは裏腹に、別室モニター前の夕子とサラは冷静だ。

「うちは国保選手を1位指名しませんでしたよね」

「獲れるものなら獲りたいけど。抽選は回避して、他で一本釣りを狙うわ」

夕子が下唇を舐めた。

フライハイヤーズの1巡目である。

 

「第1巡選択指名選手、フライハイヤーズ、板倉大地、捕手、東京産業大」

 

この発表に、会場はどよめく。

一般席のカメラ小僧は「そ、そんな!」と落胆し、太った女も「国保獲らんのかい!」と喚き立てるのは仕方なかった。

 

雲海大の国保投手はMAX150キロを超えるストレートに、切れのあるスライダー、投球に緩急をつけるチェンジアップを使い分ける本格派であり、どの球団も、プロ初年度からニ桁勝利は堅い、と喉から手が出るほど欲しい選手だった。少なくとも、マスコミは一様にそう報じていた。

ドラフト会場のフライハイヤーズ関係者は喧騒を耳に、平静を保っている。

 

ハイヤーズは東産大の板倉でした。高崎さん」

「肩が強い選手とは聞いています。ハイヤーズも、まずはピッチャーかと思っていたので意外ですね」

 

この時、タクシーで移動中の川口万太郎も「板倉を1位指名?」とスマホをのぞき、驚かずにはいられない。

夕子が国保ではなく、板倉を選択した理由はこうだ

国保君の存在のせいで、いえ、そのおかげで板倉君が1巡目に来る可能性は薄かった。2巡目、3巡目以降なら必ず指名されるだろうけど、私は彼の打撃をもっと高く評価している」

「仮に指名が競合したとしても、先に指名を発表したうちが真っ先にくじを引けます」

「確率的には変わらないんだけどね。だけど、祈りながらくじ引きしたのに、開札後にもう当たりが残っていなかったのを知るあの無念さは、何度経験しても嫌なものだわ」

 

大型モニターに各球団の1巡目指名選手が出揃った。

「・・・以上選択の結果、板倉選手はフライハイヤーズで交渉権が確定をいたしました」

会場の拍手に、「フライハイヤーズ、板倉大地を単独指名です」との実況が重なり、「よしよし」サラと球団関係者らは安堵する。夕子は一度うなずき、手元の資料を再確認した。

 

抽選の結果、国保の交渉権はダブルホワイトクラブの手に渡った。

抱き合うホワイトクラブ関係者とは反対に、他球団の関係者は打ちひしがれた。大袈裟ではない、本当に打ちひしがれたのだ。これで、彼らの特別報酬はなくなったのである。

相場は1人約100万円。

 

こうした球界の慣行を夕子も当然知っている。彼女も何度かおこぼれにあずかった身だ。何も悪いなんて思っちゃいない。むしろ少ないくらいだと言いたかった。後々のためにも、金は稼げるうちに稼ぎたい。父の人生から教わった教訓でもある。

彼女は腕まくりした。

 

「さあて2巡目ね。2巡目からは抽選ではなく、順番ずつ先に指名したもの勝ち。こちらの意中の選手を前のチームに指名されちゃった場合は、選手を入れ替えなくてはならない」

「けど、それを悠長に考えている時間はない」

「他球団の狙いを予測しつつ、こっちのチーム方針に沿った選手をどれだけ確保できるか。事前のシミュレーションの差がここで出るわ」

 

ドラフト会場の各テーブルでノートパソコンやら、メモ帳やらに真剣に見入る球団関係者ら。ここからは指名したもの勝ちなので、隣のテーブルの様子も気になる。

 

「第2巡選択指名選手、フォーティーファイブス、中江優馬、投手、乙葉重工」

「2巡目では社会人の投手を指名してきました、フォーティ―ファイブス。線は細いですが、上背のある将来性豊かなピッチャーです。そして、続いてはロードフェニックス」

しかし、なかなか選択が決まらない。

 

「時間がかかっています」

「前のチームの指名にもよりますからね」

「最初の方の指名ですからね。そんなに悩むことないんじゃないかな、とも思うんですが」

「ファイブスは1位指名が4番手までいって、ようやく決まりましたから。誰を繰り上げるか。悩みどころなのかもしれません」

「なるほど。そういうこともあるわけですね」

夕子は鼻で笑った。

「愚物め。だから弱いっての」

 

竜と妙は放送開始から、ずっとテレビを離れない。

「これまで出た選手、分かる?」

「だいたい」

「その人たちは竜を知ってるかな?」

「さあ」

「じゃあ、これからは竜が知ってもらう番だ」

 

2巡目の選択がまとまらない球団は一つではない。ジェットピクルスの備前島編成部長(55)が頭を掻きむしった。

会場に引きつった笑いが起こる。

「おおっと、これは。ピクルスの備前島編成部長、どうしたことでしょう。むしる、むしる、掻きむしる! いやあ、だいぶおぞましい感じに映っております」

「全国放送ですからね。血ぃ、出ないといいですけど」

 

カメラ小僧は「次は誰だ?」とファインダーをのぞき、両手にハンバーガーの太った女は「ピクルス食いたくなってきた」

この2人、挙動が無礼で落ち着きもないようだが、これがそれぞれの気の落ち着かせ方だった。大の野球ファンなのは間違いない。

ようやく、指名が3巡目に入る。

 

「第3巡選択指名選手、ブラックマウンテンズ、行田十郎太、投手、東京産業大」

 

うんうんと納得するサラの傍らで、夕子がモニターへ前のめりになった。

「これは、あのトンマのおかげで予想できた」

「投手3連チャン」

「マウンテンズは来年、四軍をつくる気なのよ。投手はいくらでも欲しいはずよ」

「球団史上初の日本シリーズ3連覇へ、金満球団ここにあり。で、そこを飛び出た私たち」

「絶対的な強者って、そそらないのよね。弱者もごめんだけど、私はその境界が好き」

夕子はいったん会議室を離れ、手洗いに行った。

ジャー。

蛇口から流れる水の音を聞き、ふうっ、と思い詰めたようなため息を吐く。鏡に映る自分を見て、おもむろにアンダースローの真似を始めた。

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いいじゃない、と調子が出てきたところで他の人が入ってきて、恥ずかしそうにやめる。

 

「夕子さん、そろそろ育成、始まりますよ」

サラに呼ばれ、「オーケー……あと一息」別室まで早足に。


「マウンテンズに朝比奈高校の小枝投手までゲットされたのは癪ですけど、将来のセンターラインは揃えたし、投手の即戦力候補も獲れました。後は育成で、舘林第一高校の佐伯君と、妙ちゃんの彼氏を獲って完了です」

「はあ? 何よ、彼氏って」

「違うんですか?」

「あの子に彼はもったいない。私が付き合っちゃおうかな」

「笑えねえ」

サラは顔をしかめて前へ出た。この反応、夕子だって予測はしていたが、あえて「ええ? ちょっと」と、おどけてみせるのだ。

 

さて、2人が元いた会議室に戻った時分、フライハイヤーズ球団本社では周がまだ夜景を眺めていた。

 

都会の夜は更ければ更けるほどネオンで美しくなる。

しかし、周の雰囲気はドラフト会議が始まった時より華麗ではなく、陰が強めだ。

元々青白い顔はより冷淡になり、ワインを片手に持つその背後には、別の人影があった。

「これで、いいんだな」


ドラフト会場でテーブルに残っているのは2球団減り、10球団となった。

 

「それでは、育成選手選択会議を始めます。選択終了の際は、パソコン画面上の終了ボタンを押してください」

 

育成選手とは、一軍の試合に出場できる支配下選手とは別に育成を目的に獲得する選手のこと。年棒は低いが、活躍すれば一軍に上がれる。近年は、育成選手からジャパニーズドリームを実現する選手も少なくなかった。

 

入団してしまえば、ドラフト1位も育成枠も関係なく、努力と才能次第で成り上がれる。ドラフト上位の選手はその期待値が高いからこそ上位指名されるわけだが、スカウトの目も絶対ではないし、「ドラフト1位と育成枠の差などゼロと1の間くらい、制度だから仕方なく分類してるだけだ」などと公言する球界関係者だっているくらいである。

竜は、その育成枠に懸けていたのだ。

 

長丁場のドラフトに、実況と解説も若干疲れが見え始めたが、気合いを入れ直した。

「既に降りているのは、ブースターズとエルドラドズ」

「まだ、だいぶ残っていますね」

 

ホテルから遠く離れた自宅で、竜のそわそわはピークに達している。

妙の方はわくわくして落ち着きゃしない。

「次だ、2巡目」


残りは8球団まで減った。

司会者がフライハイヤーズの育成枠2巡目の選手を読み上げた。

 

「第2巡選択希望選手、フライハイヤーズ、選択終了」

 

選択終了・・・。

この瞬間に、これほど空しい四文字はなかった。

夕子は立ち上がり、サラは耳を疑った。

 

「うそ、終了?」

「ちょっと、どういうこと!」

夕子はひどい剣幕でその場の球団関係者に詰め寄った。

「わ、私たちは何も……」

 

「夕子さん……」

サラが声を掛けるや否や、夕子は猛烈な勢いで部屋を飛び出た。

 

この時、球団本社の周は窓に収まる夜景の一部となり、
「人生は、残酷だ」

 

続く