lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

【顰蹙を買う】非常事態下で「納税」の正義を振りかざすのは・・・

コロナ騒動に関連した話題として、行政の所得補償はきちんと納税、確定申告している国民に限定すべきとの意見が多々あるが、まったく賛同しない。

 

まず個人的には、新型コロナが非常事態とは思っていない。

感染者の多くが軽症か無症状、それがすべてであり、あとは個々の運の問題だ。

非常事態と思っている国民が多数派なのが私にとっての非常事態である。

 

仮に、多数派の非常事態を前提とした場合でも、所得補償の考えでは明確に異論を持っている。

 

納税は義務だから、義務を果たしていない者は何らかのペナルティーは受ける。しかし、義務を果たしたからといって優遇されるものでもない。納税しなければマイナスになる立ち位置が、納税によってゼロに帰るだけ。納税者は罰則を科されないというだけで得は何もないのだ。

多くの日本人はこれが分かっていない。

 

防疫は国の安全保障。安全保障の枠組みで練られる施策は、今ある秩序を破綻させないために、国の存亡を脅かさないためにこそ執行される。国の命運の前に、個々人の納税の有無など考慮の外だ。その人が納税をしていようがしていまいが、国が何らかの保護をしなければ社会の崩壊につながりかねないのであれば、国は保護をする。そうすることで国を守る。

それが安全保障の考え方である。

 

所得補償の対象者に区別を設けることで、予期せぬ弱者を発生させ、国内に別の混乱を起こしては意味がない。そうしたリスクを避けるためにも、所得補償は平等に行っておくのが本当のリスクマネジメントなのである。

 

「納税」の正義を振りかざす人々は、コロナ騒動の非常事態を淘汰の機会だと誤認している。納税の不公平の解消は、平時に執り行われるべきもの。一方、非常事態の場合には、これ以上の異常を免れるために、平時以上の平等性が求められる。

非常事態下における安易な区別は、対策のスピードを損なわせるだけでなく、区別された側に悪感情を芽吹かせる恐れがある。

何が起こるか分からない非常事態下においては、税金の節約ではなく、今ある税金を惜しみなくフル活用する発想の転換が必要なのだ。

 

こうした主張は、日ごろ納税の義務を果たしている人々には不満であろう。しかし、その感覚こそ、平時と非常時の違いが認識できていない平和呆けの証拠だと思う。

非常事態を乗り切るためなら、納税者の側の不公平感など大した問題ではない。彼らが暴動を起こすというのなら一考の余地はあるが、真面目に納税してきた人たちがそんな危険を冒すとも思えない。

それくらいの冷徹さ、国の指導者には当たり前の素養だ。

 

納税、と一言で言っても、税の種類は消費税、所得税、住民税、固定資産税などさまざま。確定申告していない人でも消費税はさすがに払っている。

平時には不十分でも、非常時には税収があるだけましとなる。

納税者の扱いなど所詮その程度なのだとわきまえるべきだろう。

 

それに、自分を真っ当な納税者と思っている人々は本当に真っ当なのだろうか。

あなたが勤務している会社や団体について考えてもらいたい。

さまざまな租税回避のテクニックで法人税を少なく評価する、あるいはゼロにする企業だってある。そうした企業の勤め人は、経営者の租税回避のおかげで給料がいい可能性だってある。

租税回避は別に違法ではないが、国庫のためにならないという点では個人の非納税者らと同じだ。

 

多かれ少なかれ、みな叩けば埃が出る体かもしれない。

そんな自己省察を、清廉な納税者を気取っている人たちには持ってもらいたいものだ。