lulu lalala's blog

確かかなと思った言葉を気ままに。

フクシュウシガン〈1〉志願したのは何のため

フクシュウシガン

 

 

〈主な登場人物〉

ミカ(25)…テロリスト

フクザワ(30)…ミカの追跡者

リリーフ(40)…フクザワの協力者

トウコ(35)…フクザワの妻

ユカリ(2)…フクザワの娘

ミヨコ(55)…フクザワの母

祖父(95)…ミカの祖父

 

アナウンサー…テレビ局のアナウンサー

 

〈あらすじ〉

駐留軍基地の建設現場で爆破テロを起こしたミカと、それを追うフクザワ。テロで母を亡くしたフクザワは復讐のため、一時はミカを追い詰めたものの、すんでのところで取り逃がしてしまう。

 

 

=ゼロ幕=

 

 空襲・空爆の音。

 玉音放送の一部「堪え難きを堪え忍び難きを忍び……」

 1964年東京五輪の実況と歓声。

 ニッポンチャチャチャ。

 「サンタが街にやってくる」のメロディー。

 自動車、鉄道、航空機の音。

 無線のノイズ、ぷつんと切れる。

 

 

=一幕=

 

 階段を駆け上がる足音。

 銃声。

 弾丸が手すりに当たる。

 

ミカ「くっ……」

 

 再び階段を駆け上がる音。

 

アナウンサー「ニュースの時間です。3カ月前、駐留軍基地の建設現場で起きた爆破テロについて、新たな展開がありました」

 

ミカ「はあ、はあ……くそっ」

 

アナウンサー「当局は、テロに関わった容疑者数人を逮捕。残る首謀者を指名手配し、行方を追っています」

 

 銃声。

 

ミカ「お前は、何も分かってない! 正しいのは、正しいのは!」

 

 ばんっ、と屋上のドアが開く。

 

ミカ「くそっ」

 

 右に左にうろうろした後、駆ける。

 ばんっ、と再びドアが開く。

 風の音。

 こつこつこつ、と静かな足音。

 

ミカ「(息を押し殺すように)はあ、はあ」

 

 空き缶が転がる。

 銃声。

 空き缶が弾ける。

 ちゃっ、と銃を構え直す音。

 

フクザワ「もう無駄だ。出てこい」

ミカ「はあ……」

フクザワ「これ以上、怒らせれば……」

 

 風の音。

 

   〈フクザワの回想〉

 建設現場で重機が動く音。

 携帯電話が鳴る。

 

ミヨコ「もしもし。あら、どうしたの? あんたが電話してくるなんて珍しいわね。……うん、うん。なあんだ、そんなこと心配してわざわざ電話してきたの? てっきりお母さんの誕生日を祝ってくれるのかと思ったわ。……そうよ、今日が私の誕生日。母親の誕生日もろく覚えてないなんてね、育て方間違ったかしら。冗談よ。……うん、そう。工事は順調。心配なんてないから。じゃあね、ありがとう。トウコさんにもよろしく」

 

 消防車のサイレン。

 野次馬の喧騒。

 「どいて、どいて!」と大声。

 複数人の呻き声。

 爆発音。

 

アナウンサー「たった今入った情報です。先ほど、駐留軍の基地を建設している工事現場で爆発がありました。この爆発で、現場で働いていた複数の作業員が負傷した模様です」

 

フクザワ「母さん、母さん!」

 

ミカ「今、世界は協調しなければならない。にもかかわらず、住民の思いを踏みにじり、豊かな自然を破壊してまで駐留軍のための基地を新たに造る必要が、どこにあるっていうの?」

 

アナウンサー「駐留軍基地の建設現場で起きた爆発で、死者が20人に上りました。亡くなったのは、オダ・ユウイチさん、ヌマタ・タケシさん、カドクラ・マサオさん、フクザワ・ミヨコさん……」

 

トウコ「あなた……」

ユカリ「あー、あー」

フクザワ「許さない……」

   〈回想終わり〉

 

 (再び)風の音。

 こつこつこつ、と静かな足音。

 

フクザワ「そこだろ。出てこい」

 

 立ち上がり、振り向く音。

 

フクザワ「小娘が」

ミカ「驚いた? 国家の仇が、こんなに若くて美人だなんて、思いもしなかったでしょ」

フクザワ「お前に国家が分かるのか? 頭でっかちの人殺しめ」

 

 銃を構える音。

 

ミカ「引き鉄を引く前に、少しだけ聞いてもらえない? この国にはショック療法が必要なの。いいえ、必要なんてもんじゃない。もうそれしかないのよ」

 

 フクザワの舌打ち。

 

ミカ「あなたの平穏を乱し、憎しみを生んだのは確かに私。でも考えてみて。あなたの今までの平穏は誰のおかげ? 誰の犠牲で成り立ってる? 私たちはもういい加減、痛みを分かち合わなければならない。分からない? 今が最後のチャンスなの。また基地ができれば、烙印は永遠に消えない。それを防ぐために、分からない連中に分からせるために、私はなすべきことをした」

フクザワ「お前程度の考えなんぞ、聞かなくても分かる」

ミカ「では、これはどう。私の考えでは糾弾されるべきは政府だけじゃない。国民も同罪だわ。国が建設工事を強行しようとしても、工事を受注する企業がいなければ、基地は完成しないのに、そうはなっていない。高尚な思想を持とうとせず、巨額の入札に蛾のように群がる奴らの醜さは、いくら爆破しても爆破しきれないわ」

フクザワ「そんな会社で働く人々にも、罪があると」

ミカ「ええ」

フクザワ「お前みたいな人間を、何度も見てきた気がする。いつ、どこでかまでは思い出せないが、恐らく、がきの頃から何度も……。蛾のように正義に群がり、命が大切と豪語しながら人生の複雑さを知らず、自分の無知で犯した失敗を権利の侵害へとすり替える。真似したくないと本能的に思っていたよ。関わることも、なるべく避けようと」

ミカ「それが間違ってる」

フクザワ「……そう言って、お前たちは俺たちに近づいてくる。なぜだ? そんなにこの国が気に入らないなら、出て行けばいいだろ」

ミカ「私はただ、理解し合いたいだけ」

フクザワ「理解の意味すら理解し合えないのにか?」

ミカ「私は……」

 

 だーんっ、と上空に銃声。

 

フクザワ「もういい。お前にはショック療法が必要だ。死んで反省しろ」

ミカ「嫌よ。私はまだ死ねない」

フクザワ「嫌も糞も……」

 

 だだっ、と駆けだす音。

 

フクザワ「貴様!」

 

 数発の銃声。

 激しい体当たりを受け、倒れる音。

 

フクザワ「こいつ、離せっ!」

 

 もみ合う音。

 

ミカ「私はまだ死ねない! 死ぬくらいなら、殺されるくらいなら!」

 

 銃声と、刃物が刺さる音。

 血が垂れる音。

 

ミカ「ぐう……」

 と、駆けだす。

フクザワ「……待て。くっ」

 

 膝をつく音。

 

フクザワ「この糞脚、ゆうことを聞け。おい待て、逃げるなっ!」

 

 屋上のドアが開く。

 銃声。

 ドアに弾丸が当たる。

 

ミカ「うっ」

 

 ドアが閉まる。

 

ミカ「痛いよお、お祖父ちゃん。けど私は負けない。お祖父ちゃんがいるから、お祖父ちゃんのためにも」

 

 一段一段階段を下りる。

 

ミカ「悪いことやってるのは分かってるんだよ。お祖父ちゃんが生きてるうちに、私がやらなきゃ。……あの男、また立ち塞がるなら、今度は」

 

 風の音。

 

フクザワ「この血、どうやったら止まるんだ」

 

 ばたっ、と仰向けになる。

 

フクザワ「あの星は立派に輝いてる。俺も、復讐に駆られるほど未熟じゃないと思ってた。……思うのと、それに従うのとはちょっと違う」

 

 ぎいっ、とドアが開く音。

 

フクザワ「(朦朧として)それでも、あの女だけ、は……」

 

 

=二幕=

 

 複数の子供の声。

 スリッパで小走りする音。

 

トウコ「ユカリ、いい子にしてた?」

ユカリ「あー、あー」

トウコ「楽しかった? よいしょ。ユカリ、あなた今朝より体重増えたんじゃない? さあ、おうちへ帰ろ」

 

続く