※例えば、「この使い捨てマスクは1週間使用している」と公言し、家族や友人から煙たがられている、そんなひねくれ者でも、観終わったらきっと余韻に浸れるだろう映画をセレクト。感想を寄せてみました。気の向くまま、順次アップしていく予定です。
今回は・・・。
『第四の核(原題:The Fourth Protocol)』
目次
あらすじ
(Amazonの商品紹介からの抜粋)
1987年、晩冬のモスクワ。KGB議長ゴボルシンは、NATOと米国の分断を狙った“オーロラ計画”を打ち立てた。計画はモスクワ内部でも秘密裏に進められ、工作員のペトロフスキーは、議長直々に作戦の実行役に任命される。同じ頃、英国MI-5に所属するプレストンは、度重なる上司との衝突から港湾担当へと左遷されてしまう。そこで彼は、東側船籍の船員の事故死に遭遇し、核爆弾の起爆装置となる恐るべき物質を発見する。(C)Fourth Protcol Distributors Ltd MCMLXVII All Rights Reserved
イギリス人の感性
英国人の政治観を推し測れるいい機会になりました。
『第四の核』の舞台設定となった1987年の4年後、ソ連邦は消滅。さらに2年後の1993年にはEU発足で欧州の統合が進みます。こうした歴史の流れを踏まえてこの映画に向き合うと、当時の英国人の動揺が浮かび上がってくる。
第2次大戦の戦勝国側は二つに別れ、米ソが冷戦状態。ただ、冷戦と呼んで納得できるのは地理的に遠い国々であって、ソ連が目と鼻の先にある欧州の国境はいつ火傷するかも分からない。
同じ時代を生きていても、置かれた状況により各人の皮膚感覚は大きく異なるものです。時代の節目を忘れまいと、英国人が映画の形を借りて自分らの皮膚感覚を確認・具体化してみたのが、この作品だったような気もします。
映画におけるソ連側の狙いは、英国内の米軍基地で核爆発を起こし、米国への不審を高めようというもの。
こんな強硬策が描かれるあたり、「ソ連はもたない」との認識が世間にとうにあったのだろうな、と想像できます。だからこそ、「破れかぶれの行動に打って出てくるのでは」との怖さがある。
映画はその辺の予感に想像力を傾注させたのかもしれない。
欧州の西側諸国でまず狙われるとしたら、米軍のある自分たち、といった自覚だってあったのかも。そのリアリティーを当時の英国市民らが共有していたのであれば、すごい。
映画とは関係ないですが、チャーチルが「デモクラシーは他の政治体制を除いて、最も最悪な政治体制」(㊟表現は実際とやや異なります)と言えたのは、それだけ英国人の自己省察が発達していた証拠に思えてきます。
流れゆく国際情勢の中で、自分たちの置かれた現実を見定めるのはとても難しい。自己省察が不十分だと、自分たちが「いずれ憂き目にあう」などとは考えられず、対応が後れるものです。
映画の展開自体に派手さはなく、普通の刑事もののようなスケールで話は進みますが、個人的にはそこが乙。諸外国が行う実際の工作活動も、世間の知らないところで繰り広げられるだろうから、現実味がある。
それに、控え目なスケールのほうが、英国人の皮肉屋っぷりや、意外なねちっこさがドラマによく表れる気がします。
この映画に限らず、常々感じていることです。英国紳士、なんてよく言うけれど、紳士とはただ優しかったり、お上品だったりすればいいのではなく、振る舞いの節々に世の風刺を盛り込む知性や感性も必要。振る舞い方は、暮らしの階級や職種などによって異なっても、「紳士風」のたしなみは市民それぞれが培っている。
いわゆる「ユーモア」というやつでしょうか。一括りに欧米とした中で、英の特質さが目立つ部分ですかね。
まあ、映画のスケールについては予算の問題が一番大きかったのでしょうけど。映画は予算規模に関わらず、時代の熱量が作品の質を支えてくれるという自分の仮説は、もはや確信に近いですね。
日本にもこんな映画あればなぁ
邦題は『第四の核』。原題をみると『The Fourth Protocol』となっています。
「Protocol」は「条約原案・議定書・外交上の儀礼」などの意味だから、直訳すれば「第四の条約・外交」といった具合。要は「(国の)四つ目の選択肢・道筋・手順」ってとこかな。
4番目とは、ソ連の工作が成功した未来を意味しているのか。(だとすると1~3番目は・・・すいません、よく分かりません)
または、米・英・ソの核保有3国三つどもえの中で、ソ連が出所不明の核爆発を起こそうとするストーリーを指して、「第四」と表現しているのか。
邦題で「Protocol」を「核」と訳したのはなぜだろう。
英国は世界で第3番目の核保有国、4番目がフランスです。一つの可能性として、英国の米軍基地で核爆発が起きれば、米英に懐疑を向けた第4の核保有国・フランスが均衡の勢力図に軋みを与えるかもしれない・・・。
歴史的にみて、英仏は競争関係が強い。
遡れば、英国王エドワード3世がフランス王位継承権を主張したのをきっかけに始まった百年戦争(1339~1453年、ジャンヌ・ダルクの登場で有名な史実)、スペイン王家の断絶に際し仏国王ルイ14世が孫フェリペの継承を求めたスペイン継承戦争(1701~13年)、オーストリアのマリア・テレジアの家領相続に対する不服で起こったオーストリア継承戦争(1740~48年)、フランス革命に端を発する複数回の対仏大同盟、植民地を巡る争い・・・などなど。
そんな英仏の因縁にまで想像を膨らませ、『第四の核』と名付けたのなら、かなりのものです。
英国映画を観て「いいな」と思う瞬間が多いのは、時代や社会情勢のリアルを巧みに織り交ぜつつフィクションを描く脚本が見事だからです。
空想と現実のリンクを感じられる物語は、説得力が厚みを増します。
日本人が核兵器をテーマに物語をつくろうとすると、「核は悪いもの」といった観念にどうしても引きずられ、「核廃絶」理念の押し売りのような仕上がりになってしまいます。(関連記事⇒憲法に対するそもそもの誤解(4)~核武装論であがいたっていい )
英国人の場合はこの辺の距離感の取り方が上手い。
さすが、シェイクスピアやディケンズ、ルイス・キャロル、アガサ・クリスティーなど世界的作家を幾人も輩出してきた国だけあり、文学的素養が際立っていると思う。
羨ましい。自然と英国びいきになってしまう理由です。
他の映画評は、こっち。