eichi_katayama blog

確かかなと思った言葉を気ままに。あと、ヤフコメアーカイブ

BUMP OF CHICKEN『ゼロ』に勝る歌を知らない③ 「勝ち抜く」よりも「守り抜く」ほうが・・・

「配られた地図がとても正しく どこかへ体を運んでいく」BUMP OF CHICKEN『ゼロ』より)

 

これもよく分かります。

要するに、世間一般に通じているとされる価値観や、常識(悪習含む)の「正しさ」には容易に抗えないということでしょう。

 

「体を運ぶ」という表現は丁寧でうまい言い方。

体は無理矢理運ばれてしまった、では、心はどうか?

こうした問いが暗に示されている。

 

単純な解釈ですが、ここはシンプルに捉えて問題ないと思う。

ちょっと頭を使いそうなのは次の歌詞だ。

 

「聞かせて ただひとつのその名前を」(同)

 

・・・その名前。誰のことか。

 

前回の考察で、「速すぎる世界で はぐれないように」という部分の歌詞は、「(自分が自分自身と)はぐれないように」と理解すべきじゃないかと指摘しました。

その延長で考えると、「その名前」とは、「自分自身の名前」を指していることになりそうです。

 

自分自身(自分の心と体)が二つに別れないように、心は体に、体は心に向かって、自らの名前を呼び続ける。

 

こうした流れを受けて、サビの叫びへとつながるわけだ。

「終わりまであなたといたい」(同)

 

『ゼロ』は一貫して自分自身のことを歌っている(と思う)のですが、これは凄いことです。

自分の存在を体と心に分け、互いが互いに語りかける。そのため、登場人物が二人いるかのようにも見えるのですが、登場人物は実はずっと一人。映画や小説ならともかく、歌詞には珍しいファンタジックなストーリー構成でしょう。

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「終わりまであなたといたい」。言い換えれば、「自分を忘れず、ずっと同じままでいたい」みたいなことか。

仮にそうだったとして、ここまで「個」にこだわる理由はなんだろう。

 

時が流れれば、物事も変わりゆく。人も文化も社会も国も、ずっと同じであり続けるのは難しいものです。

それでも「個」にこだわる理由。

 

一言で「個」と言っても、その「個」を凝視すれば、実に数多くの人格が積み重なったり、引っ付き合ったりしてでき上がっているのが分かる。

いわば、その「複数の個」の中で、これだけは絶対に譲れない、変えさせないもの一つを指しているのであれば、こだわる理由を理解できそうだ。

 

自分自身の大半は変わってしまうかもしれないが、ここだけは変えない、守り抜く。

 

諸行無常の世の中で、なおも不変で、絶対的な価値が己の中に確かに存在するという感覚。そんな確信に突き動かされている。

 

だから、

「何と引き換えても 守り抜かなきゃ」(同)

となるのではないか。

 

守り抜く・・・。この言葉は好き。

 

自分が存在する理由。その理由を守るためなら、どんな手段でも使う。それが自由。

こんな類の自由論が好みだからか、自分の場合、「勝ち抜く」より、「守り抜く」の方が性に合ってる。

バンプもそうなんじゃないかな。

 

『ゼロ』を通じて勝手に高まるバンプへの親近感は、とにかくハンパない。

考察はさらに続く予定。